おたるのおもいで

しばしば友人から笑われるが、僕は数軒の限られた飲食店で人生を完結できるようにしている。失敗したくないというのもあるが、むしろ快適に過ごせる場所が欲しい。店に迷惑をかけるつもりはないが、好き嫌いが多いので若干の食材調整をして欲しいとか、酒の銘柄指定が面倒だから任せたいとか、習慣化して場数をこなすことで、かゆい所の手が届いて欲しい。

バーに関しては「平日 (木曜)」「金曜」「土曜」と、ほぼ曜日まで固定で毎週3軒のバーをグルグルと廻っている。土曜日に行くバーのバーテンダー (仮称:土曜のバーテンダー) が余市蒸溜所に行くので、昨年11月に1回だけ土曜日を臨時休業するとの事である。

曜日固定と言っても、何かの縛りがあるわけではないので、たとえば金曜と土曜に行くバーを入れ替えることは可能である。と思う。

しかし人間とは習慣の生き物である。問題に対して理論的に何かできるからと言って、実際の行動が伴わない場合もある。最たるものが、朝食を食べた方が健康面で良いと分かっているのに、わずか十数分でも早く起きられない事だろう。根本にある問題をシリアスに捉えていないので、習慣に流されてしまうのかもしれない。

同様に、土曜のバーへ金曜に行くのは難しい。金曜の方が土曜よりも電車が混んでいるとか、土曜には知っている客が来ている可能性があるとか、その程度の理由でしかないのだけれど。行動に移せば容易な事でも、習慣に縛られ、ついつい踏み出せない。

それでも臨時休業は臨時休業である。店に行っても営業していないので、もはや習慣の奴隷になっているとは言え、僕自身が何とかするしかない。

そんな折、土曜のバーテンダーに小樽の飲食店を知っているか聞かれた。僕も数年前に余市蒸留所へ行っており、その時に行った寿司屋が気に入っていた。

そこから先は、ありがちな酒場の話だった。航空券やホテル手配などの話をしているうち、ついつい酔った勢いで、僕も小樽に行って途中から合流する話になっていた。

そんな旅行計画は実現しないのが世間相場である。理論的に何かできるからと言って、実際の行動が伴わない典型例だろう。

それでも僕は旅行をシリアスに捉えることにしている。たまたま羽田〜新千歳往復の特典航空券に空席があっただけなのだが。出ていく現金がホテル代1泊であれば、そこまでシリアスにならなくても、シリアスに捉えられる。と思う。

小樽には良いバーが数軒あるとかで、可能であれば3軒まわる予定にした。寿司屋でも酒を飲むので、合計4軒である。アルコール分解能力が落ち気味のオッサンとしては、理論的には可能だが、極めて野心的な計画だ。

寿司屋に行く前の食前酒を兼ねて、夕方に1軒目のバーで待ち合わせた。それまでは自由行動なので、土曜の昼までに小樽に着き、ルタオでチーズケーキでも食べよう。天気が良ければ、運河を見たり、小樽港を散策したい。

そんな軽い考えで小樽に向かったのだが、11月の北海道は冬だった。しかも今シーズン初の寒気とのことで、初雪が舞っていた。気温は到着時2度、しかも風速6メートルなので、体感ではマイナスのはずである。その数日前の関東は、44年ぶりに11月の夏日だったのだが。

それでも予想外の寒さに挫ける事はなかった。ルタオでランチとケーキを食べ、凍えながらも運河と小樽港を散策し、しかも夜は予定通り4軒で飲酒という破竹の勢いで小樽を満喫できた。

他の事はともかく、僕は旅行をシリアスに捉えることができる。そこに飲酒が加われば鉄壁である。やはり理論的に何かができるからと言っても、実際の行動が伴うか否かは、根本にある問題に対する認識によるのだ。やればできる (にもかかわらず、好きなことしかやらない) タイプの人間である。

そういえば小学生の時も似たようなことを言われていたが、自分自身の根底にある問題に対する認識によって、40年たっても変わっていなかった。

旅のしおり:南ヨーロッパ

記載の時刻等は訪問時のダイヤです。

1日目

Tokyo HND 0925 (JAL043) >> London LHR 1550

・ヒースロー空港のCrown Rivers Wetherspoonでビール

London LHR 2035 (British Airways BA634) >> Athens 0210+

宿泊:Cabo Verde Hotel

1日目Tips
・英国式の手動ポンプで入れるビールを求め、ヒースロー空港をウロウロ。接続が遅れたせいもあり、3パイントも飲んでしまった。空港値段もあるのだろうが、あまりの物価高に衝撃を受けた。大散財である。
・アテネ空港併設のホテルが異常に高く、空港周辺のホテルを探した。ギリシャ本土を見ておこうと思って、空港から少し離れた港町のホテルを予約。ロンドン〜アテネのフライトが1.5時間ほど遅延したので、ギリシャ入国した頃には午前4時になっていた。仮眠してから街歩きをする余裕は全くなく、完全に裏目に出た。そもそも移動のタクシー代を考えていなかったのも失敗なのだが。
・翌朝は朝食時間まで睡眠にあて、チェックアウト。タクシーは少し待たせておけばいいからと、片付けているレストランで菓子パンとコーヒーを出してくれた。ありがたい。

2日目

Athens 1250 (SKY Express GQ346) >> Santorini 1345

宿泊:Remvi Suites

2日目Tips
・ロケーション、値段、オーシャンビューの釣り合いに悩んだ結果、フィラの街の中心から20〜30分ほど歩いたホテルに宿泊した。厳密にはフィロステファニという街にあるホテルらしいのだが、街の境界が分からないまま延々と歩くので、フィラの街外れのような印象である。ここまで来ると観光地の喧騒が和らぐが、夜間も含めて出歩くのが困難というわけではない。しかもホテルで貰ったガイドマップが秀逸、ホテルスタッフおねいさんが辛口かつ的確な観光アドバイスをくれる。大当たりの選択だった。

3日目

サントリーニ島
メガロチョリ
ピルゴス

3日目Tips
・ローカルバスに乗って小さい街を見に行った。ピルゴスが特に素晴らしい。
・どうやらピルゴスに行くバスに乗り続ければメガロチョリに行けたと思われるが、そういう案内システムにはなっていないので、フィラのバスターミナルに戻って行きなおし。

4日目

サントリーニ島
イア
Skros Rock

4日目Tips
・Skros Rockは過酷だが絶景だった。

5日目

Santorini 1155 (SKY Express GQ345) >> Athens 1250
Athens 1705 (Bulgaria Air FB808) >> Sofia 1815

宿泊:St George Hotel

5日目Tips
・アテネからソフィアの直行便は夕方以降に2本あるだけだった。しかも運航している2社は相互にコードシェアしている。だったら1本は昼くらいでも良いと思うのだが。
・値段重視で航空券を探した結果、アテネでSKY Expressからブルガリア航空へ別チケットで乗り継ぎ。両社どこまで信用できるか分からず、乗り継ぎに4時間も取ったが、結果的に時間を持て余した。
・ブルガリア国内移動を手配してくれるホテルを探した結果、 St George Hotelに宿泊。なかなか居心地の良い中級ホテルだった。

6日目

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
Woman’s Market

ソフィア 1200 (専用車) >> リラ修道院 1400

・リラ修道院 (夕礼拝1700)

宿泊:リラ修道院

6日目Tips
・早朝に起きてソフィア市内の大聖堂と市場を見学。そして最初で最後のブルガリア買い物タイム。修道院まで行ってしまうと、ほとんど何もないのだ。
・ホテル経由で依頼したリラ修道院への移動はV Travel Ltdという会社で、片道120ユーロ。帰りは空港に直行するスケジュールにした。

7日目

・リラ修道院 (朝礼拝 0630 / 夕礼拝 1700)

8日目

・リラ修道院 (朝礼拝 0630)

リラ修道院 1000 (専用車) >> ソフィア空港 1200
Sofia 1405 (Lufthansa LH1427) >> Frankfurt FRA 1530
フランクフルト空港 1821 (ドイツ国鉄 ICE622) >> デュセルドルフ 1944

夕食:Brauerei Schumacher

宿泊:Carathotel Düsseldorf City

8日目Tips
・所用でドイツ1泊。ドイツ国鉄のバー車両には生ビールサーバーがあり、ちゃんとグラスで出てくる。なんか素晴らしい。
・夕食は醸造所経営のパブ。わんこ蕎麦のようにビールが出てくる。極めて楽しい。10杯以上飲んで泥酔、頭痛。アホだ。

9日目

Carlsplatz Market

デュセルドルフ 1445 (ドイツ国鉄 ICE1011) >> フランクフルト空港 1607
Frankfurt FRA 1940 (JL408) >> Tokyo NRT 1605+

9日目Tips
・デュセルドルフのホテルはコスパの良いビジネスホテル。買い物に出ていたところ、いつの間にかチェックアウトされており、二度と自力で部屋に戻れなくなったのは僕のせいではないと思う。
・ドイツでも市場見学へ。ジャガイモ屋さんがすごい。
・最近は悪名高いらしいドイツ国鉄は、出発時が定刻、下車時で約20分遅れ。1本前の列車は出発時点で約1時間遅れていたので、こればかりは運なのだろうか。

参考写真

約25年前に撮影したサントリーニ島、イアの風景。1枚目の写真と同じ場所である。あまりに観光地化された島を見てしまうと、変わらないということは素晴らしいことのように思える。

ぶるがりあのおもいで

昨年ついに結婚した。結婚した事を他人に公表する意味が分からず、非常識ではないかと言われつつも、必要最小限の範囲での業務連絡くらいに留めておいた。勤務先は必要最小限の連絡先に入っており、文字通り業務連絡した結果、休暇を貰えることになった。

大手をふって長期の休みが取れる機会である。中南米からアフリカまでが視野に入る。

まずはキューバが頭をよぎるが、いつの間にかアメリカがキューバをテロ国家に指定しており、2021年以降にキューバ入国歴があると、アメリカにビザなし渡航できなくなってしまう。僕の第二の故郷であるメキシコカナダへの乗り継ぎも含め、後々の旅行において面倒な事になるのは明らかであり、キューバ訪問は却下することにした。

以前に数日だけモロッコに滞在した事があり、それをもってアフリカ渡航歴があると自称しているのだが、本格的なアフリカにも行ってみたい。何をもって本格的なのか定かではないが、たぶん野生動物がいる原野は必見だろう。しかしアフリカと言えども、気軽にライオンや象が見られるわけでは無いらしい。現実的には、アフリカ往復に要する日数の他に、現地での長距離移動も含め、ある程度の滞在日数が必要となる。しかも現地滞在が長ければ長い程、野生動物との遭遇率が上がるので好ましい。筈である。

大手をふって長期休暇と言ったものの、現実的には2回の週末を含めて9日程度にまとめる必要があり、本格的なアフリカは日程的に厳しい。非常識と言われても、それに徹しきれない小心者である。結局、今回の旅行では地中海を越えないことにして、地理的にアフリカよりも手前にある南ヨーロッパへ行く事にした。

ところで結婚の儀式を他人に公表する意味も分からず、非常識ではないかと言われつつも、結婚式は行わなかった。浮世の儀式はともかくとして、いわゆる無宗教ではあるが、人間を超越した存在にも業務連絡を行った方が良いのではないだろうか。せっかく南欧へ行くので、数年前に訪れたブルガリアのリラ修道院を訪ね、2泊3日じっくり業務連絡する事にした。

世界遺産のリラ修道院には一般人も泊まれるのだが、修道院はホテルではないので、前回同様に予約が難しい。20日おきくらいにブルガリア語のメールを送り続けるが、しばらく経っても返事がこない。そろそろ電話してみようかと思い始めた頃、いきなり英語で返事が来た。この日のメール担当修道士を逃してはならないと思い、不調で寝込んでいたのから飛び起き、なんとか予約が完結した。

残る問題はブルガリア国内移動である。修道院は修行の場であり、交通不便な山奥にある。首都ソフィアから路線バスがあるのだが、スケジュール的に日程のロスが出るし、大きな荷物を抱えた旅になりそうだ。

今回も修道院往復にはチャーター車両を利用することにした。前回はソフィアで宿泊したホテルに手配を頼んだのだが、方針が変わったのか、今回は拒否されてしまった。やむを得ず、そのホテルをキャンセル。国内移動手配をヘルプしてくれる評判の良い中級ホテルを探して、ホテル予約サイトを彷徨った。

旅のルートとしては、ギリシャのサントリーニ島から国内線でアテネに向かい、アテネからはブルガリア航空で首都ソフィアまで直行便である。買い物がてらソフィアで一泊して、リラ修道院に向かった。ギリシャは10月でも暑かったが、ブルガリア山中の修道院には既に初冬の気配が漂っていた。最低気温は3度、最高気温ですら7度しかない。

修道院で割り当てられた居室には、昔ながらのパイプ式セントラルヒーティングが設置されていた。しかし冬のような気温にも関わらず、ヒーターは稼働していない。それが修道士の質素な暮らしの一端なのだろう。

僕は修道士ではなく、むしろ快適な生活を追い求めたい、軟弱オッサンである。寒い部屋で寛ぐ余裕などなく、恨めしげにヒーターのパイプを眺め、煎餅か絨毯のように硬い布団をかぶって暖を取っていた。新婚旅行には多少の派手さがあって然るべきなのだろうが、この部屋には微塵も感じられない。ここまで質素な新婚旅行は非常識ではないかと思ったが、そもそも新婚旅行でブルガリアの修道院に行くこと自体が非常識らしい。

リラ修道院では、毎日、早朝と夕方に礼拝が行われる。宿泊者だからと言って礼拝に出る必要はなく、実際、修道院を安宿代わりに使っている旅行者も多いようだ。しかし今回の訪問目的は超越した存在への業務連絡である。宿泊している部屋が質素すぎるとか、居室のヒーターが稼働していなくて寒いとか、聖堂は部屋より更に寒いとか、礼拝が早朝すぎて眠いとか、俗な泣き言を言っている場合ではない。しっかり2泊で4回の礼拝に参列しよう。

今回で2回目のリラ修道院訪問ではあるが、未だに正教会の礼拝システムが分かっていない。前回は夏の訪問だったせいか参列者が多かったが、今回はオフシーズンの平日である。参考にすべき立ち振る舞いを見せてくれる信徒がいなかった回すらあり、かなり緊張した。見知らぬ飲食店で店員さんの方が多いと何となく落ち着かないが、その宗教施設バージョンである。極めて落ち着かない。こうなると形式を取り繕うだけで終わってしまい、真摯な業務連絡どころではない。非常識なオッサンだと言われ続けているが、こればかりは常識の範囲外である。

それでも修道院は凛と美しく、特に夕礼拝の後は感動的である。礼拝が終わり、信徒や観光客の騒めきが消えた頃、廊下にライトが点灯し、夕闇に建物が浮かび上がる。そして清閑な時が流れる。ブルガリアの森で沈黙の時を過ごし、早朝の暗い中を再び聖堂へ。静寂の中で朝の礼拝を迎える。

日本からの移動だけでなく、リラ修道院は色々な意味でハードルの高い訪問先だ。それでも人生の業務連絡が必要な折には訪問し、静けさの中で自分自身と向き合いたい場所である。