むろどうのおもいで

今年の夏は異様に暑かった。エルニーニョらしい。それでなくても地球は温暖化しており、僕が子供の頃には気温が30度を超えたらニュースになっていたが、いまや35度を超えたくらいではニュースにもならない。

こんな気候では避暑の為に北上するのは考え物である。今年は北海道に行っても暑かったという話を聞いた。そうは言っても北極まで行けば寒い筈なので、間をとってシベリアあたりなら涼しい場所には行きつくのだろうが、昨今のロシア情勢からは難しい。

そんな今年の夏だが、富士山は登山口あたりで既に涼しかったらしい。もちろん北極でもシベリアでもなく、関東近郊と言って差支えのない、静岡とか山梨の話である。探せば国内にも涼しい場所は存在するのだ。平面的に北上するよりも、三次元的に上昇する方が涼しいのだろう。

そうこうしていると、ひょんなことから立山アルペンルート・室堂にあるホテルの予約をゲットすることになった。標高2450メートル前後なので、富士山登山口と同程度だろう。涼しい筈である。

ピークシーズンの室堂は予約が困難で、日程は変更がきかない。天候は運を天に任せるしかないが、避暑に来たと思えば外れはない。と思う。

諸々を天に任せた結果、ちょうど関東に台風が接近している日が出発日となってしまった。始発の北陸新幹線を予約しておいたので台風接近前に関東を脱出できたが、さすがに日本海側まで行っても快晴とはいかない。雨が降らなかっただけマシという事だろう。

富山でローカル私鉄に乗り換え、立山アルペンルートに沿って室堂を目指す。長野県側から吹きつける強風のせいで寒かった。チェックイン時間まで、小雨の中をウロウロ歩いて過ごす。その後は部屋で毛布にくるまってグズグズしていた。写真的には物足りないが、避暑としては完璧である。

これでも写真系ブロガーなので、翌朝は日の出前に起きてみた。しかし立山は雲の中である。前夜にはホテルのバーでウィスキー3杯ほど飲んだのだが、標高が高いと酒の廻りに影響するのか、二日酔いでもある。早起きをしても、良い事は何もない。気力なく早々とベッドに戻る。

昼前に改めて起きた。相変わらず曇っているが、このまま寝ていてもしょうがない。散歩に出かけた。

犬は歩くと棒にあたるらしいが、僕は雷鳥の親子に遭遇できた。これだけでも来た甲斐があると言っていいだろう。しかも午後からは天候も改善し始めた。翌朝は期待できそうだ。犬でも猿でもない僕は学ぶので、この夜はバーには行かずに就寝。

翌朝は快晴だった。カメラを持って、前日に目をつけておいた場所まで歩く。なかなかの朝焼けを楽しむことができた。

室堂は満喫したので、早々に下界へ降りることにした。途中、弥陀ヶ原で降りてトレッキング。それでも昼過ぎには富山駅に戻った。

富山駅の標高は7メートル程らしい。高度差2440メートルとすれば、計算上14.6度くらい気温が上がる筈で、実際に気温は32度もあった。東京から北上しているのに、大差のない暑さである。夕方の寿司屋予約時間まで、酷暑の富山をウロウロして時間つぶし。無駄に歩いているし、無駄に暑い。

やはり避暑のキモは標高であることが分かった。しかし、どうやら体を甘やかしたのが良くなかったのか、帰宅した翌々日から夏バテになった。酷暑に耐えていたのが一気に来たらしく、その後、10月中旬まで1ヶ月以上も不調が続いた。

慣れない酷暑と、慣れない避暑。オッサンが夏を快適に暮らすのは難しい。

ばんこくのおもいで

ラオスのルアンパバーンにはバンコク経由で行った。スケジュール上はバンコク・スワンナプーム空港で同日の乗り継ぎが可能だが、行きは5時間待ち、帰りは7時間以上も待たなくてはならない。日程に余裕があったので、帰りはバンコクに泊まることにした。

直近のバンコク滞在としては、モルディブへの乗り継ぎ待ちを利用して、昨年12月にフアランポーン駅へ行っている。早朝の古めかしい駅を眺めながら印象深い一時を過ごしたのだが、今年になってフアランポーン駅はバンコク中央駅としての機能を廃止してしまった。しかし廃駅になったわけではなく、普通列車の発着が僅かながら残っており、何本かは機関車牽引の長距離列車のようである。次回のバンコク滞在がいつになるか分からないので、再度この機会に見ておきたい。

宿泊を伴う本格的なバンコク滞在はCOVID-19前の2019年まで遡る。この時は25年ぶりくらいのバンコク滞在だった。仏教寺院を中心にまわったのだが、印象的だったのは市内の花市場である。こちらも再訪したい。

いまから30年ほど前に初めてタイを訪れた時から変わっていないのだが、どうにも僕はタイ料理が苦手であり、そのせいでタイ全体が食わず嫌いの印象になってしまっている。今回の旅行でも、特にタイについて何かを調べるわけでもなく、ラオスのついでのような気持ちで旅立った。

羽田から往路の深夜便は定刻にバンコク到着した。飛行機を降りた時点では決め切れていなかったが、やはり空港で5時間を潰す気にはならなかった。タイは食わず嫌い程度だが、空港で長時間を潰すのは明確にキライである。最後の最後、乗り継ぎセキュリティ入口でタイ入国を決断し、通路反対側の入国審査場へ向かった。

そんな軽いノリではあるが、帰りの航空券さえあれば、タイ入国は概ね問題ない。事前のオンライン申請も、紙の書類も不要である。ガラガラのイミグレーションを通過し、Grabで早朝の花市場へ向かった。

2019年の訪問時には花市場へ23時くらいに行ったと記憶しているのだが、その時と比べて活気が乏しい気がしなくもない。深夜がメインの市場らしいので、午前6時すぎでは少々出遅れているのだろうか。それとも単に僕が深夜便で疲れているのか、これがCOVID-19後の日常なのか。

やや拍子抜けしつつ花市場を一通り見てから、地下鉄でフアランポーン駅に向かった。駅のドーム中央には静態保存の蒸気機関車などが並べられていた。ベンチに座って見ていると、ボロボロの客車列車がやってきて、蒸気機関車の隣に入線。それはそれで面白い光景だが、わずかな列車が発着するだけなので、駅としての活気に欠けていた。予想していたことではあるが、やや興醒めである。

かなり不完全燃焼なまま、地下鉄とエアポートリンクで空港に戻った。数日後にはバンコクで一泊するが、こんなにも不完全燃焼で良いのだろうか。事前にバンコクの最新情報を調べ、興味深いポイントを探すべきだろう。

しかしルアンパバーンでは初日に水あたりにあってしまい、滞在中は弱り気味だった。翌日の行動プランを考えるのに精一杯であり、数日先のバンコクについて調べる余力は無い。結局、花市場とフアランポーン駅以外の知識はないまま、ルアンパバーンからバンコクに戻る羽目になった。

2019年にバンコクで泊まった時は、チャオプラヤー川沿いでワット・アルンの見えるホテルに泊った。その時は国王の川行列にあたって壮観だったのだが、行事用の照明が設置してあったせいで、ワット・アルン自体は写真的にイマイチだった。撮影の再チャレンジがてら、改めて同じホテルに泊まってみたいと思ったのだが、COVID-19の影響なのか休業していた。2019年当時、隣のビルをホテルに改築していたことを思い出し、今回はそちらに泊まることにした。

バンコクで泊まるのは雨季ばかりのせいか、天候は今回も曇り気味である。しかし幸いにも雨は降らずに済んだ。ビールを片手に、暮れゆくバンコクの街と、ライトアップしたワット・アルンを眺める至福の時間を過ごせた。さすがに夕焼けというわけにはいかないが、十分すぎる程に美しい。

かなり満足して夜の街に出ると、タイ王室ゆかりのワット・ポーがライトアップされていた。意味もなくライトアップしないだろうと思って慌てて調べたところ、夜間入口があって、夜の境内を無料で見学できるらしい。

それらしい門を見付けて境内に入ると、素晴らしすぎる世界が広がっていた。ほぼ無人の荘厳な境内に、読経が響き渡っている。泣くかと思うほど心に染み入る一時を過ごした。

ナイトライフが有名なバンコクだが、この夜、僕が次に行くべき場所は花市場しか思い付かない。ワット・ポーからは徒歩圏内である。やはり花市場は深夜のほうが活気があって良かった。

素晴らしい夜になった。極めて満足し、これでバンコクの夜を終えることにした。あとはホテルでワット・アルンを眺めながら寝酒でも飲もう。ほぼ何も調べていないが故に、ほぼ何も知らない。バンコクでオッサンの夜遊びが仏教寺院と花市場だけという、不条理なまでの健全さである。

2019年とあわせて近年2度もバンコクに滞在したが、バンコクの知識は極めて少ないままである。タイ料理への苦手意識が解決しない限り、今後も前向きにタイ旅行を検討する可能性は低く、本格的なバンコク滞在は難しいだろう。タイ料理に関わる苦手意識の源泉は10代まで遡り、もう約30年も苦手意識を持ち続けている。いまや意識改革は難しい可能性が高い。僕の限られたバンコクに関する知識のうち、フアランポーン駅からは既に活気が失われてしまったので、これからは花市場と仏教寺院だけでバンコクを楽しむしかないだろう。

アジアを旅する以上、バンコク乗り継ぎは避けられない。この先もバンコクで乗り継ぎ待ちの時間を潰す必要があるだろう。不健全の代表のようなイメージすらある大都市だが、この街を僕は健全に楽しむことしか出来なそうである。一見すると不条理なパラドックスではあるが、道徳的かつ本質的には悪い事ではないと思われる。つまり僕の快楽追求は、無知に起因する健全さによって妨げられており、結果的に正しい行いへと導かれている。

これをもって「無知の知」に近付いたと言えると良いのだが。バンコクで僕はソクラテスの領域に到達した。と思う。

るあんぱばーんのおもいで

ルアンパバーン訪問の目的は、旧市街で早朝の托鉢を見ることだったが、メコン川を見ながらビールを飲むこともリスト上位に入っていた。

町にはリバービューを謳う宿があるが、よくよく地図を見ると、たいていのリゾートホテルは旧市街から離れている。托鉢を見るためには夜明け前からタクシーで移動しなくてはならないし、そもそも早起きが苦手なので、起きるのは少しでも遅い方が良い。旧市街から離れたリバービューのホテルを本末転倒とまでは言えないものの、主目的である托鉢を中心に考えて、旧市街にあるホテルを探すべきだろう。

ルアンパバーン旧市街にもリバービューのホテルがいくつかあったが、地図でホテルの場所を確認すると、メコン川支流ビューというケースもあった。広い意味では支流もメコン川の一部なのだろうが、せっかくなのでメコン川の本流を眺めたい。

なかなか気の抜けないホテル選びが必要になった。旅行目的地の選定で迷走した為、旅行開始までの余裕は少ない。ここまでの検討の結果、最低条件は、
・托鉢見学に便利な場所
・メコン川本流ビュー
・滞在期間全日程の連泊が可能
となる。ビールを飲むことを考えると、川が見える窓だけでなく、できればベランダも欲しい。

数日かけてホテル予約サイトを探し、ホテルを1箇所に絞った。しかし当初はメコン川ビューの部屋を連泊で予約が取れず、出発直前まで毎日のようにホテルの空室をチェックする羽目になった。それでも最後には全日程でベランダ付きリバービューの部屋をゲット。ラオスにしては高めのホテルだが、旅行の目的の一つなので外せない。

このホテルには特典として、1滞在につき1回のサンセットクルーズ招待があった。予約問題があったので、同じ部屋タイプにも関わらず3泊で予約2件に分かれたが、それでも3泊で1滞在のカウントだそうである。高級ホテルで部屋に置いてあるウェルカムフルーツも似たような物だろうが、連泊すると微妙に損した気分になるのは何故だろうか。

実際のところウェルカムフルーツには大して興味はないが、サンセットクルーズは重要なポイントである。もともと有料ツアーを探そうと思っていたくらいなのだ。夕景の撮影チャンスでもあり、参加できるなら、1回より2回、2回より3回が良い。

僕が行ったのは雨季のルアンパバーンである。ピンポイントな天気予報など有って無いようなものだろう。3泊するので選択肢は3回あるが、的確な状況判断によって、ベストな1回を選び抜きたい。

1日目は到着直後から街歩きを始めた。しばらくすると曇り始め、また熱中症の危険もあったので、ホテルに戻って休憩。このまま夜まで曇りか否か、何の目途もない。とりあえずサンセットクルーズ申込みは見送って、昼寝することにした。

昼寝から起きると、いつの間にか雲はなくなっていた。しかし既にクルーズ申込みが間に合わない時刻である。諦めてメコン川沿いのレストランで乾杯することにして、結果的には美しい夕焼けを見ることができた。夕焼けが美しいのは素晴らしいが、サンセットクルーズを見送ったのは失敗だったかもしれない。後悔は先に立たないのだが。

2日目はルアンパバーン郊外へ滝を見に行くことにしていた。この日は朝から曇天だったので、サンセットクルーズは端から見送りとした。実際、夕方には雨季の東南アジアらしいスコールが発生していた。

泣いても笑っても3日目が最終のチャンスである。早朝に托鉢を見に行くと、小雨が舞っていた。昨日のように夕方までダメな天気なのだろうか。托鉢の見学後は部屋に戻って二度寝することにした。

昼前に起きると晴れていた。フロントでクルーズの予約を入れてから街歩きに出る。しかし午後になると再び天気が悪くなってしまった。ホテルの部屋に戻って外を眺めていると、15時くらいには再び小雨が舞っていた。

選択を誤ってしまったのだろうか。無理に頼み込んででも、1日目のサンセットクルーズに参加しておくべきだったのかもしれない。

それでも賭けには勝った。クルーズ開始の時間までに雨は上がり、雲も消えていた。ビール1本を貰って、ホテルの船に乗り込んだ。

ただし、そもそも賭ける程だったかというと、それは微妙である。ルアンパバーンは山に囲まれた内陸にあり、太陽が見えなくなる時間が早い。まだ周囲が明るいうちにクルーズは終わってしまい、夕焼けを見るため、初日と同じレストランに戻ることになった。夕焼けが始まる30分以上も前である。

ところで1日目と3日目に行ったメコン川沿いのレストランというのは、自分の部屋からも見下ろせる、宿泊ホテルのレストランである。メコン川の土手にあって見晴らしが良く、良い風が川沿いに抜けていく。

ここが今回のホテル選びでのトリッキーなポイントだった。僕が泊まった部屋はメコン川ビューのベランダがある部屋だが、建物自体がメコン川沿いにあるわけではなかった。

ホテルとメコン川の間には、まず2車線相当の道幅の道路がある。その先はメコン川の土手だが、そこにはレストランを作れるスペースがある。レストランから更に土手を降りると、川にサンセットクルーズの船が係留されている。

つまり部屋から川までは意外に離れていた。しかも土手には川に沿って木が植えられており、レストランには日陰を作っているが、僕の部屋からの視界を遮ってもいる。たしかに部屋からは木立の奥に川が見えるのだが、川を前景に夕焼けの撮影をしようと思うと、道路を渡って川沿いのレストランに行く必要があったのだ。

もっとも、それすらも大した問題ではなかった。今回のホテル選択での最大の失敗は、日中は暑すぎてベランダでビールを飲むどころではなかった点にある。ベランダにはテーブルも椅子もあるが、日差しを遮るものはなかった。晴れていれば、すぐに日焼けする。曇っていたとしても、ちょっと座っているだけで汗をかくし、ビールはぬるくなる。

ルアンパバーンで必要なものは、ベランダよりもクーラーの効いた部屋である。中途半端なリバービューのベランダは、絵に描いた餅くらいの実用性しかなかった。

托鉢は満喫できたし、夕焼けのメコン川を見ながらビールも飲んだ。当初の目的は達し、十分に楽しめたのだが、少しばかり不完全燃焼なままラオスから帰った。

ホテル選定にあたってイメージが先行しすぎたようで、根拠のない過剰な期待を抱いてしまった。無駄に手配の時間を費やし、宿泊料を余分に払い、誰も何の落ち度もないのに不満を抱く。

人間とは勝手なものである。