えひめのおもいで

僕の愛媛に関する知識は、夏目漱石の「坊ちゃん」くらいしかなかった。文学をたしなむ習慣はないので、国語の教材で少し読んだ程度なのだが。

旅行前に愛媛について調べてみたところ、城下町や宿場町などの古い街が意外に多いようだ。内子が有名だが、伊予大洲や卯之町にも古い街並みが残っている。ちょうど松山・宇和島間の予讃線でカバーできるので、立ち寄ってみることにした。たまたま紅葉の時期だったせいもあり、伊予大洲の臥龍山荘が予想外に良かった。

しかし愛媛といえば、一般的には古い街よりも「みかん」だろう。蛇口式みかんジュース販売が有名だったりするが、それだけではなかった。ちょっとオシャレな店に行くと、みかんの品種ごとにジュースを売り分けている。店によっては、かなり種類が多い。

これが全く分からない。

ワインだとブドウの品種などで違いが出るのだろうが、みかんジュースも同じなのだろうか。メニューには品種ごとに味の解説が付いており、甘いだとか酸っぱいだとかは分かるようになっている。しかし、ワインラベルの解説と同じく、いまいちピンと来ない。僕はボンクラなのだろうか。

今まで僕は40年以上にわたり、みかんはみかん、として生きてきた。みかんもミカンも蜜柑も同じである。それが今になって、みかんの種類が違うと言われても困ってしまう。しかも品種によって値段が違うのである。

よくよく考えると、鯛めしも「宇和島方式」と「松山方式」の二種類あるし、愛媛は難しそうな場所である。

みかんジュースをモルトウイスキーだと考えれば、僕にも分かりやすいのかもしれない。モルトウイスキーは、精麦方法、蒸留器の形、蒸留回数、樽の種類、アルコール度数、熟成年数など製造工程の違いにより、異なる味の液体が生み出される。そのような品質の違いが、値段の違いでもある。

それこそが「こだわり」というやつである。語り出すとキリがないが、かなり鬱陶しい。

こだわるのはウイスキーだけにしようと思った。みかんはミカンで蜜柑が丁度いい。

それでも一度だけ、みかんにこだわってみたい。松山空港には、みかんジュース専門店がある。そこで「みきゃん」というキャラクターの付いた高級みかんジュースを買って飲んだ。ボンクラな僕は、飛行機に乗った頃には既に品種名を忘れてしまっていたのだが。

夏目漱石の名作といえば「吾輩は猫である」だが、みきゃんは犬である。愛媛と「吾輩は猫である」は関係ないらしい。

ボンクラな僕には愛媛も文学も難しい。

うわじまのおもいで

下灘駅訪問の翌日、宇和島に向かった。宇和島といえば、宇和島水産高校と鯛めしの街である。調べてみると「ほづみ亭」という老舗の大衆割烹店があるらしい。漁業の街の老舗大衆割烹店は、どう考えても失敗のない飲食店である。ほづみ亭をメインに、宇和島で一泊することにした。

ところで、鯛めしといっても、愛媛には2種類あるらしい。松山あたりの鯛めしは、焼いた鯛をコメと一緒に炊き込んだ鯛めしである。一方、宇和島あたりに行くと、生卵入りのタレに漬けた鯛の刺身を、温かい白飯にかけて食べる。

僕は最近の子供のありがちな、焼き魚が苦手なアラフォー4歳児である。小骨を取るのは面倒くさいし、魚を美しく解体して食べるには不器用すぎる。松山の鯛めしには苦手感しか抱けない。やっぱり宇和島・ほづみ亭だろう。

松山からJRに乗って、昼過ぎに宇和島に到着した。まずは昼食と土産発送依頼を兼ねて、じゃこ天屋さんを廻る。ちょっとした買い食いだが、ここで満腹になっている場合ではない。その後は古い宿場町を見に行ったり、夕暮れの宇和島港を見に行ったりして時間をつぶし、夕食の時間を迎えた。

満を持して、ほづみ亭に向かった。橋のたもとにある、ちょっと古風な居酒屋さんである。店員さんは親切で、お値段も手ごろ。素晴らしい。郷土料理と地酒を中心に色々と頼んだ。ちょっと酔っぱらい、でも満腹になる直前で、ついに鯛めしを注文。

しばらくすると鯛めしが運ばれてきた。漬け汁の中に鯛の刺身が入っている。そこに黄色い生卵。卵をかき混ぜて溶き、タレの中で刺身と絡める。おひつから御飯をよそい、汁を絡ませた刺身をのせて食べる。うまい。夢中で食べる自称4歳児。

よくよく考えてみれば、そりゃ美味しいだろうと思う。

地元でとれた新鮮な鯛の刺身と卵。ダシの効いた醤油ベースのタレ。ふっくら温かいご飯。

ほづみ亭と鯛めしは最強の組み合わせだった。愛媛が誇る失敗のない町、宇和島である。

まつやまのおもいで

昨年後半はロクでもない日々が続いていたが、さすがにイヤになったので現実逃避することにした。

天草富山小樽釧路など、昨年は魚が美味しそうな土地を訪問していたが、その流れで探したい。瀬戸内なんて良いだろう。ネットを探していると、松山から伊予大洲までの海沿いを走る観光列車「伊予灘ものがたり」があり、終点の伊予大洲から更に南下すると宇和島がある。じゃこ天と鯛めしの町だ。

愛媛に行ったことのあるオッサンに聞いたところ、観光列車が途中停車する下灘駅というのが良いらしい。伊予灘を見下ろす場所にある無人駅だそうである。ここに夕陽を見に行くのが良いだろうとのこと。

僕の場合、旅行と写真撮影とブログはセットになっているので、旅行先の天候は重要である。

たとえば香港に行くなら秋が良いとか、統計的な晴天率などはWeather Sparkというサイトで分かる。それとて指標でしかなく、季節的な要素を考慮した上で、最後は運を天に任せるしかない。

いままでの人生で一番良かったホテルは、マッターホルンを見渡せるホテルである。スイスの山奥で昼間やることは限られているにも関わらず、朝焼けと夕焼けを見るためだけに連泊の予定を組んだ。特に冬が良いと思っているのだが、嵐の日が続いてしまい、延泊するために現地で日程変更したこともある。

国内旅行は週末を絡めた短期集中が多く、天気にあわせた修正が難しい。釧路湿原に行った時も同様だったのだが、一発勝負になりがちである。

データー上、12月の愛媛の天候は悪くない。実際、訪問の前週までは晴天が続いていたが、僕の行った週は微妙な天気になってしまった。当日、松山に着いたときは晴天だったが、14時くらいから雲が増え始める。

松山には知り合いがいて、お世話になることになった。松山空港でピックアップしてもらい、ちょっと観光に連れて行ってもらってから、下灘駅へ向かった。車中、雲の量とともに暗くなる僕の心。

下灘駅は観光地だった。駅自体は無人駅なのだが、駅前にはオシャレな移動式コーヒーショップがある。

そんな駅で、若い女性が何枚も写真を撮っている。美女が駅に佇む写真である。僕の写真には、自分自身を含めて人間が映り込むことが極めて少ないので、オッサンには理解できない構図である。今どきの若い女性は自己顕示欲が強いのだろうか。

しばらく観察していると、どうやらインスタ用らしい。「バエスポ」とのこと。たぶん向こうからすると、風景写真を撮り、ブログを書いているオッサンの方が自己顕示欲が強いのだろう。

夕方になるにつれて、雲は上がりはじめた。美しい夕焼けというわけにはいかなかったが、写真的には悪くない。むしろ夕陽を諦めて帰る人が多かったせいで、風景写真としては助かった。

夜は松山に戻り、市内のバーに連れて行ってもらった。松山には「露口」という老舗のバーがあって行ってみたかったのだが、たまたま知人が古い常連客だったのだ。最後に1枚写真を撮らせて頂いた。僕にしては珍しく、人間主体の写真である。

昭和生まれのオッサンには、写真もバーも地味な方が良いと思った。