くまのこどうのおもいで

6月に入ったあたりから、Go To Travelの復活とか、県民割の利用拡大の話が聞こえてきた。COVID-19の陽性件数が低い、平和な時代だったのだ。景気刺激策としては良いと思うのだが、僕にとっては今までのように自由な週末旅とはいかなくなる。最後の最後で捻じ込もうと思い、行き先を検討開始。

6月中をターゲットとしたので、梅雨が一番のネックになる。6月下旬だと沖縄は梅雨明けしてそうだが、そもそも梅雨のない北海道も良さそうである。

もう一回、礼文島に行ってみたい気もするが、昨年の滞在は完璧に近かった。それを超えるとは思えないのでパス。ちょっとラベンダーの季節には早いかもしれないが、北海道らしい景色を求めて美瑛・富良野に行ってみたい。ゲートウェイとなるのは旭川で、往復の特典無料航空券に空席もあった。

しかし北海道には蝦夷梅雨というものがあるらしい。10日前から天気予報を毎日のように見ていたが、訪問予定期間中には晴れ予報の片鱗もなかった。北海道に行って、すべて雨天というのはどうかと思う。数日前の深夜にキャンセルすることを決断。

もちろん本州以南は基本的に梅雨である。会社の休みを取っていたが、潔く出社に戻すべきではないだろうか。

そんな真面目オッサンである筈もなく、全力で雨の降らない場所を探した。さすがに直前なので沖縄は航空券が高く、行ってみたかった竹富島は宿が満室だった。沖縄以外で天気が良さそうだったのが、伊豆諸島、紀伊半島である。

伊豆諸島へは、羽田から八丈島にANAが飛んでおり、特典無料航空券の空席もあった。やや心が動きかけたが、良さそうな宿泊施設は既に満室で断念。

昨年は高野山に行ったが、それが僕唯一の和歌山県滞在である。もう少し和歌山県に関する見聞を広めても良いだろう。前から気になっていた、紀伊半島の熊野古道を訪ねることにした。行きは朝一のJALで南紀白浜空港、帰りは天気次第で予約変更が可能なJRで帰ることにした。

もっとも熊野古道が気になっていたと言っても、それは熊野地鶏がメインの焼鳥店に行くからであり、それ以上の知識はない。急遽ほぼ徹夜で熊野について調べた。

当日は早朝に羽田空港へ。北海道は悪天候のため条件付き運航とアナウンスしている。正しい選択をしたかもしれないと思いつつも、ニュースでは翌日と翌々日の旭川は晴天の予報になっている。これから北海道の天気は劇的に改善するのだろうか。選択を誤った可能性が脳裏をかすめる。

寝ぼけたまま南紀白浜空港に着くと、東京よりも雲が多い、本格的な曇天である。昨日までは晴天の予報だったのに。選択を誤ったかもしれない。「策士策に溺れる」という言葉が脳裏をよぎる。

空港からバスで熊野本宮大社に向かった。直通バスがあるのだが、紀伊半島は思いのほか大きく、移動に時間がかかる。途中でウトウトしてしまい、目覚めると大雨だった。紀伊半島の天気は劇的に悪化しているようだ。選択を誤ったに違いない。このままでは策に溺れるというよりも、溺死に近い。

結局、熊野本宮大社に着いた頃には雨が上がっていたが、晴れたかと思うと雨が降ったりと、大気の状態は不安定である。それでも熊野古道を歩き始めた。

冷静に考えると、ここ最近では国東半島出羽・羽黒山神社を訪ねており、山深い寺社仏閣ばかりである。実際、羽黒山参道の写真も熊野古道の写真も大差はない。どちらも曇りだったし。再び「策士策に溺れる」という言葉が脳裏をよぎる。

それでも2日間で熊野古道2か所を訪ねた。天気は曇りか小雨である。写真的にはフラットなグレーの世界ばかり。選択を誤ったかもしれない。

2日目の夕方になって、ようやく太陽が顔を出した。やや心も晴れた。

3日目は元々曇り予報だったので、早目の列車で帰ることにしていた。それでも最後の最後にチャンスがないかと思い、JR西日本サイトで予約したチケットは引き取らずにいた。

最終日の早朝、ものすごい雷鳴が轟いて目が覚めた。まったくの大雨である。そそくさと熊野を後にする事にした。

帰りは名古屋まで特急「南紀」で約4時間、そこから新幹線に乗り換え。名古屋での乗り継ぎ待ち時間に味噌カツでも食べようと思ったが、日曜日13時の名古屋駅は異様に混雑しており挫折。普段なら東海道新幹線はネット予約なので直前でも変更可能なのだが、今回は新幹線乗継割引を利用したので紙の切符である。指定券変更の為に窓口に並ぶのも面倒で、駅構内で無為に時間を潰した。

ふてくされて自宅に戻って旭川の天気を調べると、初日が大雨だったほかは、2日目と3日目は晴れていたようである。完全に選択を誤った。

やっぱり策士は策に溺れた。

はぐろさんのおもいで

出羽三山のうち、羽黒山と湯殿山には2017年に行った。この年は本厄だったので、羽黒山で厄除の御札をもらってきた。その後、とりたてて人生がウハウハだったとは思えないが、ひどい厄を背負い込むこともなかった。あれから5年も経ったので、そろそろ感謝の心で御札を返しに行く頃合いだろう。

前回は日帰りだったが、今回は一泊して日本海の夕陽を楽しんでも良いのではないか。羽黒山に近くてメジャーなのは「湯の浜温泉」だが、ちょっとマイナーな温泉を探したい。Google Mapで日本海岸の地図を見ること数度。山形県遊佐の「鳥海温泉」と秋田県象潟にある「さんねむ温泉」を見つけた。土曜朝一のANAで鶴岡に行き、出羽山を含む鶴岡市、そして近隣の酒田市を歩き回り、帰りは日曜17時頃に酒田駅を出発する特急「いなほ」に乗って新潟まわりで戻るプランである。

そんな計画を練りつつ週間予報を見たところ、降雨はなさそうだが、どうも天気が良くないようだ。今年はゴールデンウィーク後の五月晴れが少なく、天気が安定しない。あまり待つと梅雨に入ってしまうし、鬱蒼とした森で石段の写真を撮る分には曇りでも問題ないだろう。と思う。

一方、鶴岡の「加茂水族館」を見に行こうと思っていたのだが、よくよく調べるとクラゲがメインとのこと。フォトジェニックな展示をしているらしいが、クラゲはクラゲである。中華の前菜なら興味があるが、リアルに水中を動いている実物は苦手に違いない。水族館はパスすることにした。

水族館に行かないとすると、美術館とカフェには足が向かない僕が、曇天の鶴岡・酒田で丸二日を潰すのは困難である。初日に夕陽を見られないこともあり、温泉をキャンセルして、日帰りすることにした。

早朝に起きて、羽田からANAで庄内空港へ向かう。鶴岡駅でバスを乗り継いで羽黒山随神門へ。

前回は湯殿山行きバスの前に御札の祈祷を済ませる必要があり、鶴岡駅から随神門まで所要30分と聞いてタクシーに乗った。都内の感覚でタクシー代を想像していたのだが、信号や渋滞がないせいか、結果的にタクシー代はかなり高く、ちょっと後悔した。

今回は俗世の部分を手堅く路線バスで済ませ、心に呵責のない状態で随神門から神様の領域に入った。前回は石段の上りが辛かった思い出しかないので覚悟してきたが、心が軽いせいか、今回は随分と楽に感じた。いつの間にか途中の茶屋に到着。ここまでで半分ちょっと終わった感じだろう。

茶屋で一服し、朝食の代わりに力餅を食べる。ちょっと元気になったところで後半へ。

石段の上りも先が見えたので、ゆっくりと写真を撮りながら進む。市場など意図した被写体を除くと、僕の写真に人が映り込むことは少ない。ゆえに石段での撮影は人が途切れるまで待たなくてはならず、結果的にペースダウンしてしまう。そういえば前回はタクシーのおかげで随神門到着が1時間半くらい早かったせいか、人が少なかったように思う。あのタクシー代も無駄ではなかったのだろう。と思いたい。

調子の良いまま山頂の羽黒山神社に到着。なかなか清々しい心持ちである。今回は御札を返すだけにしようと思ったが、羽黒山に戻ってくる口実が欲しくなり、新たな御札をもらうことにした。前回は「厄除」という受け身な願望だったが、今回は「心願成就」と攻めの姿勢に転じた。

そのまま徒歩で下山することにした。たしかに肉体的には上りよりも楽なのだが、下りが予想外に厳しい。石段は等間隔ではないし、段の幅が狭かったり、急で怖かったりと、一歩一歩にコントロールが要求される分、足腰は下りの方がきつい。ストレッチ不足が如実に出てしまう。歩きだして5分後に後悔し始めたのは内緒である。

徒歩での下山は今回が初めてだったが、同じ石段道でも、上りとは違った景色が見えた。チャレンジすることによって、違う見方が出来るのである。

出羽三山の信仰は生まれ変わりがテーマである。こんなオッサンでも新たなチャレンジによって、生まれ変われるのだろう。ちょっと前向きな気持ちになって羽黒山を後にした。

旅の記録:羽黒山

記載の時刻等は訪問時のダイヤです。

1日目

羽田 0705 (ANA393) >> 庄内 0805

庄内空港 0815頃 (空港バス) >> 鶴岡 0845頃
鶴岡バスターミナル 0940 (路線バス) >> 随神門 1019

・羽黒山頂まで往復

随神門 1443 (路線バス) >> 鶴岡駅前 1520
鶴岡バスターミナル 1615 (空港バス) >> 庄内空港 1643

庄内 1745 (ANA400) >> 羽田 1850

1日目Tips
・随神門から羽黒山頂までは僕のペースで上り80分、下り60分。途中には茶屋が1軒あるだけで、休憩用のベンチなどはない。信仰の山なのである。
・2017年に利用した、羽黒山から湯殿山に向かう臨時バスは運行されないようだが、今年は高速バスと送迎サービスを組み合わせることで湯殿山へ向かえるらしい。
・この日は新潟駅の大規模工事で、特急「いなほ」が全列車運休。直前でもマイレージ利用の航空券が取れたので、帰りも庄内空港からANAを利用。本来であれば、帰りは夕方の特急に乗って日本海の夕陽を見ながら帰りたい。

くにさきのおもいで

昨年は初めて大分県を訪問した。以前から話には聞いていたのだが、大分空港は不便そうな場所にあった。別府までバスで50分、大分市内だと1時間を超える。まったく知らなかったのだが、大分空港は国東と書いて「くにさき」と読む半島に位置しているとのこと。 九州北東部、周防灘に面して丸く突き出ている部分である。

その国東半島は古い石仏や寺院で有名なところらしい。ちょっと興味が湧いてきたが、公共交通機関だけで国東半島をまわるのは難しそうだった。紅葉の時期がベストシーズンらしいが、車の運転が嫌いな僕は、グジグジと悩んでいるうちに機会を逃してしまった。

今年に入って改めて調べてみると、大分交通の定期観光バスが運行されていることが判明。朝一番に羽田を出るソラシドエアに乗ると、その日のうちに途中のバス停から参加できる。新緑の時期は関アジのシーズンでもある。かなり心が動いた。

オッサンはワガママなので、前向きに心が決まると、観光バスでの集団行動がイマイチに思えてきた。撮影がメインの旅なので、訪問する場所の数よりも滞在時間を重視したい。しかも羽田発が1時間半ほど遅いJALにすると、定期観光バスには間に合わないものの、特典航空券に空席があり、しかも座席配置が好きなボーイング767だった。

結局、定期観光バスの利用は止め、北海道以外で初めてレンタカーを借りることにした。

普段であれば公共交通機関のダイヤを調べる必要があるので、事前のリサーチは欠かせない。しかし今回はレンタカーの予約をした時点で満足してしまい、出発の数日前になっても国東半島について分かっていないままだった。

せっかくの休みを無駄にしそうになり、慌ててリサーチを開始。旅行系サイトから行きたい寺院の目星をつけ、地図をプリントアウトして丸をつける。おおまかなルートが完成したのは、出発前日のことだった。

大分空港で車を借り、あとはカーナビに言われるがまま車を運転し、国東半島をまわった。ちょっと足をのばして、臼杵石仏や耶馬渓も見ることができ、かなり効率がいい。

ところで国東半島にある豊後高田の名産は蕎麦らしい。つなぎなしの十割蕎麦を売りにしている店が多いとのこと。そういえば今まで西日本・九州で蕎麦を食べたことがないが、僕自身は東京下町育ちの蕎麦喰いである。短気せっかちなのは美徳ではないが、蕎麦好きは美徳である。と思う。

せっかくなので豊後高田で蕎麦を食べてみよう。新たな発見があるかもしれない。

一軒目は山の中にある旅館が経営している蕎麦屋さん。週末は行列になることもあるらしいが、金曜だったせいか無難に入店できた。 ちょっと小粋な店構えで、本来であれば昼酒といきたいところだが、そういうわけにはいかない。運転というのは本質的に自由ではないのではないか。ブツブツ言いながら、せいろを一枚注文。

さっそく食べてみると、なんとなく違和感がある。ちょっと太めの田舎蕎麦ふうだからだろうか、食べ慣れない十割だからだろうか。それだけではない気がするが、せいろ一枚だけでは釈然としない。二枚目を食べて謎の解明にあたりたいが、酒を飲めないハンデもあり、謎の解明は二軒目に持ち越し。

二軒目は泊った宿の夕食だった。最初は蕎麦の付かない食事プランにしていたのだが、ここでも豊後高田の蕎麦が食べられると分かり、食事プランを変えた。この店の蕎麦は細くてコシがある。僕が食べ慣れた二八と似ており、違和感が分かりやすかった。

結局のところ、蕎麦つゆが甘いのである。それも角が取れてマイルドな仕上がりになっているというレベルではない。蕎麦の前に刺身を食べて分かったのだが、地元の醤油がかなり甘い。これに随分と影響されているように感じた。

九州の醤油が甘いのは知っていたが、経験があるのは福岡あたりである。これが大分まで来ると更に甘くなり、新たな発見というか、違和感になってしまったようである。

昨年、北海道でレンタカーを借りたとき、車の運転だけで移動時間が終わってしまい、ボケっと何かを考えるヒマがないと思った。それはそれで事実だが、定期観光バスを利用していたら豊後高田で蕎麦を食べようとは思わなかっただろうから、大分県で醤油について考えることもなかった。今回の蕎麦経験はレンタカーを借りたおかげだろう。

一方、レンタカーを利用すると、昼酒を楽しめない。これはボケっと何かを考える時間よりも大きな代償と言える。さすがにレンタカーで運転代行を頼むわけにもいかないだろう。

レンタカーを借りたとしても、昼酒を楽しむ方法はないものだろうか。