しぇむりあっぷのおもいで

カンボジアの観光地といえば、やっぱりアンコール・ワットだろう。

アンコール・ワットの周囲には他の遺跡も広がっており、観光エリアとしては広いという話は聞いていた。こういう場所こそガイドブックを購入して綿密に作戦を立てるべきなのだろうが、COVID-19の影響でガイドブックの類は数年間ほとんど更新されていないらしい。わざわざ買わなくても、何とかなるだろう。と思う。

今回の旅ではネット記事を斜め読みして、行ってみたい遺跡をピックアップ、それをGoogle Mapに入れ込んでスケジュール作成してみた。そして出来上がったスケジュールをホテルに送って、ドライバーを手配してもらうことにした。

カンボジアに行ったことがないどころか、ガイドブックすら読み込んでいない素人が作った計画である。ホテルの人に何度かダメ出しを受けた後、ようやく2.5日のツアーが出来上がった。ガイドを付けるか聞かれたが、自分のペースで撮影したいのでパス。

シェムリアップ周辺の遺跡は共通チケットでの訪問となる。早々にアンコール・ワットを見ておきたいところだが、初日には行かないことになった。まずは3日券を購入し、最初はタ・プロームに向かった。雨季は終わっているが、移動中にスコールが来た。さっき3日券を購入したばかりだが、大丈夫なのだろうか。

タ・プロームの駐車場で雨と傘売りをやり過ごし、雨上がりの森に入っていく。しばらく行くと遺跡が森と混然一体となっていた。遺跡も素晴らしいが、それ以上に生命の力強さ、時間の偉大さに心を揺さぶられる。ガイドがいて説明を受ければ理解は深まるのだろうが、そんな理屈抜きで、ものすごい場所である。思いつくまま、遺跡内をウロウロと歩き回った。

翌日は4時前に起きてアンコール・ワットへ向かった。事前に調べたところ、正面に向かって左側の池が良いらしい。しかし雨季の影響でぬかるんでおり、しかも養生ネットが張られていた。

どうすればいいのだろうか。

左側がダメなら右側だろう。しかし真っ暗なので、どこから撮影すればいいのか分からない。ガイドを頼まなかった弊害である。

すこし明るくなって、どこが撮影スポットか分かった。なんとか場所を確保して撮影。荘厳な夜明けを満喫できた。この日のアンコール・ワットは早朝の撮影のみで終了。駐車場でドライバーと落ちあって朝食、その後は別の遺跡を訪問した。

そして3日目も早朝に起きてアンコール・ワットへ向かった。ホテルの人には2回も行かなくていいから寝ていろと勧められたのだが、撮影メインの旅である。そんな妥協は出来ない。

前日に目を付けておいた場所を確保した。ガイドがいない分は、数をこなせば何とかなる。この日は雲が少しあり、朝焼けを楽しむことができた。

スケジュールの関係でアンコール・ワット自体は3日目の最終日に見ることになっていた。アンコール・ワットでは第三回廊と呼ばれる上層が見所らしいのだが、この日は仏日ということで入れなかった。

いやはや。前日も夜明けの撮影には来ており、その後は観光前に朝食を食べている。どう考えても上層階に上がるくらいの時間は捻出できた。リサーチ不足による痛恨のミスである。繰り返しになるが、3日目は最終日である。次回、アンコール・ワットに来るのは何年後だろうか。

決定的なミスを犯したのは、ガイドブック代をケチったのに、ガイドを雇わなかったせいだろう。中層階で呆然としていると、徒然草の「仁和寺にある法師」のくだりが頭をよぎる。

少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

かんぼじあのおもいで

COVID-19によって中断していた東南アジア旅であるが、再開後はシンガポールを起点に、マレーシア、インドネシアあたりを訪問している。ちょっと目先を変えて、シンガポールからは行きにくい場所を訪問してみたいと思った。

あまり行ったことのない、バンコクを起点に考えてみよう。タイといえば、タイ料理が苦手なので苦労している。タイ国内はパスしたい。

しばらくブランクがあったので忘れかけていたが、ラオスのルアンパバーンに行ってみたかった。托鉢の行列が有名な古都である。オバマ元アメリカ大統領が絶賛した街らしいが、オバマ絶賛の地は東南アジアに大量に存在するので、真偽は不明である。この手のマイナー都市はシンガポールから行きにくかったりするので、今回の趣旨にも合致する。

バンコクからは、エアアジアとラオス航空が直行便を運航していた。エアアジアが早朝にバンコクを出るフライト、ラオス航空が午後にバンコク着のフライトで、スケジュール的に丁度いい。

諸々の手配を済ませたが、行きのエアアジアが欠航になってしまった。ラオス航空で取り直しても良かったのだが、それだとルアンパバーン到着が夜になってしまう。もともと短い日程なのだが、現地滞在が更に短くなってしまうので挫折。

改めて別の場所を探すと、カンボジアに行ったことがないと気付いた。アンコール・ワットは世界的な観光地だが、まだ人出が少ないうちに行ってみたい。季節的にも、どうやら雨季は終わっているらしい。しかもシンガポールからは、アンコール・ワットのあるシェムリアップに直行便が運航されていなかったので、当初の条件にも合致する。

バンコク市内からタクシーでドンムアン空港へ。土曜日の朝だったので余裕かと思っていたが、渋滞がひどい。タイがタイであることを忘れていた。チェックイン締め切り時間を僅かに過ぎて荷物を預け、タイ出国。

飛行機が飛び立つ前に寝込んでしまい、目が覚めるとカンボジア領空だった。窓から景色を眺めると、あちこちで洪水している。雨季は終わっているはずだが、大丈夫だろうか。

カンボジアのビザは事前にネット申請しておいたので、シェムリアップ空港に到着後は余裕で入国審査を通過。ホテルのドライバーにピックアップしてもらい、街へ向かう。

先日のビンタン島では調子に乗って高級ホテルに泊まったところ、宿泊自体はリーズナブルだったが、食事やら移動が高級ホテル値段になってしまった。今回は遺跡見学のために移動の手配が多いので、評判のいい中級ホテルを探した。

ホテルに着いて荷物を置き、まずは市場の撮影にOld Marketへ出かけた。そして昼食。

カンボジアでは米ドルが普通に使えると聞いていたので、米ドルの現金を持っていった。数年前のボストン訪問時の使い残しである。円安の時代、実質的には2割安で旅行ができることになる。運が良い。

実際のところ、普通に使えると言うのも微妙に違っていた。僕が持っていったのはアメリカで流通していた紙幣なので、状態はかなり悪い。しかしカンボジアでは少しでも破れていると受け取り拒否のようである。特に高額紙幣はチェックが厳しい。たしかにカンボジアにはアメリカ連邦準備銀行はなく、傷んだドル紙幣をカンボジアの市中銀行で交換してくれるとは思えないので、しょうがないのだが。

結局、持ち込んだ20ドル札は大半が使えず、クレジットカード払いになった。円安を回避できたと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

そもそもルアンパバーンに行けなかったオッサンである。そんなに運が良いわけがないのだ。

たけとみじまのおもいで

COVID-19時代になって頻繁に国内旅行へ行くようになったが、沖縄には行けていなかった。移動制限が始まる直前、出張で那覇に行ったのが最後である。

沖縄に興味がないわけではない。しかし僕が沖縄に行きたいと思うタイミングと、沖縄でCOVID-19感染が蔓延するタイミングが重なってしまっていた。離島へ行くことを考えていたので、訪問を躊躇していたのだ。

今年は9月に3連休が2回あった。観光地は混みそうなのでパスしようと思っていたが、自宅でゴロゴロと無為に過ごすのは勿体ない。よくよく考えると、僕自身はCOVID-19に感染して抗体を獲得したばかりで、しばらくは感染リスクが低い。はずである。ゆえに離島で医療を逼迫させるリスクも低い。と思う。通常の感染対策さえしていれば、躊躇しなくても良いのではないか。

正直なところ、僕は安易な方向に流されがちである。前々から興味があった竹富島をチェックすると、3連休にも関わらずホテルに空きがあった。悩む間もなく、ホテルを予約した。

竹富島へのゲートウェイは石垣島である。三連休に石垣島まで、もちろんマイル利用の無料航空券に空席はない。効率的かつ安く行く手段を探してみた。旅行計画が好きなので、こういうのは楽しい。

行きは成田を早朝に出るジェットスターの下地島ゆきに安いチケットがあった。下地島から石垣島に行くフライトはないようだが、下地島は橋で宮古島とつながっており、飛行機のダイヤにあわせてバスが運行されている。宮古島の宮古空港から石垣島までは、琉球エアコミューターのプロペラ機が高頻度で運航されている。そして石垣島からはフェリーで竹富島まで20分ほど。夕方までには竹富島に着けそうである。

ここまでくると初日はアイランドホッピングの様相だが、これはこれで楽しいだろう。

帰りは時間さえあわせられれば、石垣島~那覇経由~羽田の乗継割引を利用できた。那覇で5時間ほど潰さないといけないが、観光するなり、ショッピングするなり、なんとでもなりそうな気がした。

概ね納得のいくスケジュールでチケットが取れた。最後の最後になって那覇〜羽田の特典航空券に空席が出たので復路の航空券を取り直し、あとは沖縄に行くだけである。

たしかに行くだけだったのだが、そこまで単純でもなかった。台東区民だった頃のノリで早朝の成田便を予約したが、それが鬼門だった。

電車の遅延などで下地島までのフライトを棒に振る気にはなれないし、成田空港のLCCは第3ターミナルなので駅から徒歩で時間がかかる。最も早く成田に着くルートを選択せざるを得なかった。こうなると横浜市民となった今は過酷でしかない。

午前3時に起きて、桜木町駅までタクシー。桜木町からは、日本で一番早い初電と言われる京浜東北線4時18分の始発。さらに品川からも日本橋方面の初電に乗車して成田空港へ向かう。飛行機に乗ったときには疲労困憊だった。

おかげで飛行機内では熟睡でき、満席のLCCで狭い座席に不満などを感じる余裕すらなく、気付いた時には下地島空港に向けて降下中だった。下地島からバスで伊良部島を通って宮古島へ。とにかく海が青い。

宮古空港での乗り継ぎに2時間ほど余裕を作っておいたので、バスを途中で降りて宮古島の公設市場あたりを散歩。なんとも蒸し暑い。関東は既に秋の気配であり、夏の暑さは過ぎ去っていた。人間は安易な方向に流されがちなせいか、9月下旬の僕にとっては過酷な気候に感じられる。

公設市場で昼食を食べることにした。沖縄に来たら、沖縄そばを食べるべきだろう。ここは宮古島なので宮古そばと呼ぶらしい。

公設市場には数軒の宮古そば店があった。正面広場に面している店にはビールがあるが、屋外で食べなければならない。一方、屋内の店にビールはなさそうだが、クーラーが効いている。かなり悩ましい。しばらく迷った末、屋内の店にした。

店のオバチャンに声をかけると、やや驚かれる。客は来ないものと諦めていたらしい。ヒマそうだったオバチャンと話し込み、なりゆきで店番もした。この店は「もずくの天ぷら」が売りらしいのだが、この日の商売を早々に諦めたのか、天ぷらの売れ残りを頂いた。ありがとう。

もずく天ぷらを紙袋に入れてもらい、市場からタクシーで宮古空港へ。そこから琉球エアコミューターのプロペラ機に乗るのだが、まずは売店でオリオンビールを購入。もずく天ぷらを片手にビールである。

プロペラ機はフライト時間20分ほどで石垣島に到着。空港からバスでフェリー乗場に向かう。やっとアイランドホッピングも最終区間である。竹富島へは1本遅い船に乗ることにして、港近くの食堂に沖縄そばを食べに行った。石垣島は八重山諸島なので、八重山そばと呼ばれるとの事。そしてオリオンビールの生。

結局、竹富島には16時半頃に到着した。早朝から過酷さだけが印象に残る、長い旅だった。ホテルに荷物を置き、街の探検に出かけた。夕食にも八重山そばを食べ、この日だけで沖縄そば3杯に、島5つ。

竹富島はポスターに出てくるような沖縄の田舎の街並みだった。街歩きは人出の少ない早朝と夕方にして、蒸し暑い日中は昼酒を飲んでゴロゴロしていた。 やっぱり僕は安易な方向に流されがちである。

結局、ゴロゴロしている場所が自宅から沖縄に変わっただけで、やっていることは大差なかった。それでも天気は上々、素晴らしい三連休になった。