ぺなんのおもいで

約3年前のCOVID-19発生時、諸々の手配が終了していた旅行先の一つがマレーシアのペナンである。ペナンには、シンガポールのラッフルズホテルを建てたサーキーズ兄弟が手掛けた、Eastern & Oriental Hotelがある。そこの改装工事が終わったと聞いていたので、ちょっと行ってみようと思ったのだ。

ペナンは1~3月あたりが乾季なので、2020年2月末の予定で旅行を仕込んでおいた。しかし、その頃には非公式ながら勤務先から海外渡航自粛の要請が出ていたし、各国の入国制限が始まるかどうかというタイミングで、需要減に対応してフライトも徐々にキャンセルされ始めていた。

勤務先を欺いた上で、かなりスケジュール的に無理をすれば行けたと思うのだが、雇用を維持したいサラリーマンの弾丸旅行としてはリスクが高すぎてキャンセルした。会社を適当にサボるくらいでは傷まない良心をしているが、当時は全てが不透明すぎた。金融工学には詳しくないが、ヘッジできないリスクは回避するに限る。

この時はシンガポールからAirAsiaでペナンに行き、シンガポール航空で戻る予定だった。結果的には往復とも欠航。無理をしてまでペナンに行く気はなくなっていたので、シンガポール航空は再予約をせずに返金を依頼。しかしAirAsiaは運賃に充当可能なクレジットしか戻してくれなかった。

不透明な情勢の中、日本の国内線を運航していないAirAsiaのクレジットを持ってもどうかなと思っていたのだが、クレジットは何度も使用期限が延長され、ひとまず2022年末まで有効のようだった。昨年秋の時点でアセアン域内の旅行規制は大幅に緩和されており、2023年以降のクレジット再延長があるか分からないし、もっと分からないのがCOVID-19の流行状況である。

遊べる時に遊んでおくというのが人生唯一のストラテジーなので、早々に残存クレジットを使うべく、昨年の海外旅行復活後に再びペナン行きを仕込んだ。5月~10月がペナンの雨季だが、特に8月下旬~10月に雨が多いらしい。ギリギリという所で8月上旬に予定を入れた。この時のペナンまでの往路はAirAsia、シンガポールへの復路はScootで予約を入れた。ちなみに2020年当時、何件も航空券をキャンセルしたが、現金で返金のあったLCCはScootだけである。返金の恩は搭乗で返したい。

しかし昨年7月末には僕自身がCOVID-19に感染してしまった。指折り数えると、タイミングとしては出発前日までに完治している (というよりも、日数的に完治したと見なされる) 筈だった。そうは言うものの、マレーシア入国前7日以内に風邪症状があったかとか (その時点で咳が少し残っていた)、日本帰国前14日以内にCOVID-19患者と接触があったかとか (当該期間中に患者本人だった)、各国の検疫上の質問にはマトモに答えられそうにない状況である。

この時点での旅行規制緩和は例外的な措置であり、政策の根本として疑わしきは隔離だろうから、雇用を維持したいサラリーマンの弾丸旅行としてはリスクが高すぎ、旅行をキャンセルすることにした。会社を適当にサボるくらいでは傷まない良心を持ってはいるものの、バカ正直に問い合わせるには野暮すぎるし、問い合わせずに日本を出国するには不透明すぎた。金融工学には詳しくないが、ヘッジできないリスクは回避するに限る。

この時はAirAsiaがフレキシブルな予約期間としていたようである。同社にしては珍しいと思うのだが、一番安いチケットを自己都合でキャンセルしたにも関わらず、またまた運賃に充当可能なクレジットが戻ってきた。

本格的に寝込んでいた最初の3日間を除くと、僕のCOVID-19感染期間中は概ねヒマだった。特に療養期間後半は時間を持て余しており、全ての予約をキャンセルした後、AirAsiaのクレジットを利用して、改めてペナン旅行を手配することにした。ここまで来ると、手段が目的化してしまう、ありがちなパターンである。

そこで雨季が終わったと思われる11月上旬に予約を取り直した。同じ計画を2回も焼き直しても面白くないので、Eastern & Oriental Hotelの他に、ブルーマンションという19世紀の豪邸だった建物にも1泊することにした。今回もAirAsiaでペナンに行き、シンガポールまでの復路はScootで予約を入れた。

こんなグダグダを3度目の正直と言って良いのかは不明であるが、11月には予定通りペナンに行くことができた。Eastern & Oriental Hotelとブルーマンションは満喫できたが、残念ながら雨季は終わっておらず、天気は概ね悪かった。

2度目のキャンセルの後、手段が目的化してしまい、AirAsiaに乗ってペナンに行くこと自体が旅の目的になってしまったのである。目的を達した以上、滞在中の天気は妥協せざるを得ないが、もうちょっと街歩きが出来れば良かった。

あれから3年が経ってCOVID-19情勢の不透明さは概ね消失し、良心の強靭さ、もしくは金融工学の知見に関わらず、リスクはヘッジできるようになった。綿密な計画さえあれば、サラリーマンの弾丸旅行も雇用維持のリスクなく行ける。

そして、もう一度、ペナンに行ってみたいと思う。次回は旅行に行くこと自体を目的化せず、計画的に好天を狙って乾季に訪問したい。その時はクレジットに縛られず、AirAsiaを計画的に利用しよう。

くしろのおもいで

昨年もGo To Travelの焼き直しのような全国旅行支援が行なわれた。遊びに行くのに、間接的ながらも政府がお金をくれるという奇跡的な政策である。後ろ暗さがない限り、うまい話には乗っておくに限る。

宇和島にある「ほづみ亭」に行って鯛めしでも食べようと思い、11月に旅行計画を仕込んだものの、これでも僕はサラリーマンだった。運が悪いことに「オフィスに存在していること自体が仕事」というタイミングにあたってしまい、不条理な浮世の事情により中止。

不条理を嘆いていると、旅行支援の延長が決まった。我慢しきれず、年末に釧路へ行くことにした。冬の釧路湿原を見てみたかったのだ。そして釧路からJR釧網線で川湯温泉に行って1泊、更に網走まで北上した後、今春に引退が予定されている特急車両に乗って札幌に向かう意欲的な計画である。

地元で常連になっているレストランが、釧路の居酒屋さんを紹介してくれたこともあり、最近は年1回くらいのペースで釧路に行っている。出発前日には日本海からオホーツク海にかけて爆弾低気圧が発生し、北海道は大雪だったらしい。居酒屋のマスターに聞いたところ、釧路は雨と雪でピシャピシャとのことだった。そもそも釧路は降雪が少ないらしい。一方、JR北海道のサイトによると、除雪作業が難航して網走〜札幌の特急は運休になりそうな気配である。

引退する特急車両は諦め、川湯温泉から釧路に戻って、別の特急で札幌に向かうことにした。出発前夜に諸々の変更を手配し、用心のため、濡れても水が浸透しないゴアテックスのスニーカーを履いて釧路に旅立った。

これが失敗だった。

この靴は数年前に長靴の代用として買ったのだが、どうも靴底の水はけが悪いらしく、路面によっては雨の日に極めてよく滑る。表面がツルツルのタイルが最悪なのだが、無駄にオシャレな自宅マンション入口で滑って転倒したこともある。

自宅を出る時には全く考慮の外だったのだが、ピシャピシャは温度が下がると、ツルツルに凍るのである。ツルツルのタイルでも滑るような靴が、ツルツルの氷でどうなるかは推して知るべしだった。

釧路湿原には前日までの雪が残っていて問題なかったが、やはり釧路市内の路面は凍結していた。しかも日中でも気温が氷点下なので、ずっとツルツルである。かなり歩行に難儀し、何度も転びそうになった後、川湯温泉に向かう。しかし倒木の影響で、JR釧網線は運休になってしまった。釧路の全てが不条理だ。

せっかく北海道まで来たのに、このままビジネスホテルに延泊は味気ない。それに積雪のない釧路で1泊追加すると、ツルツル滑って転ぶリスクが蓄積される。一方、靴が危険という理由だけで、飛行機を早めて自宅に帰るのも馬鹿らしい。どれも不条理である。

釧路駅前で不条理に悪態をつきながらも、なんとか代替の温泉宿を見付けられた。

濡れてもいいように耐水素材の靴を買ったのに、水はけが悪くて転ぶのは不条理すぎる。いい加減、ダメな靴に見切りをつける頃合いだと、北海道の神様からの警告を兼ねた試練だろう。

不条理によって釧路に行ったが、釧路に着いても不条理からは逃れられない。自宅に戻ったら靴を買い直して、次回の釧路冬旅に備えようと思った。

旅のしおり:釧路

記載の時刻等は訪問時のダイヤです。

1日目

羽田 1135 (ANA741) >> 釧路 1310

・空港から釧路湿原 (温根内ビジターセンター)

宿泊:釧路プリンスホテル

夕食:酒房千葉

1日目Tips
・前日の予報では、この日だけが奇跡的に晴れ予報。しばし悩んだ末、観光タクシーを依頼して、空港〜釧路湿原〜釧路市内と移動。しかし結果的には曇り空。うーむ。

2日目

釧路駅 0855 (阿寒バス) >> 温根内 0940

・釧路湿原 (温根内ビジターセンター)

温根内 1218 (阿寒バス) >> 釧路駅 1310

釧路駅 1450 (阿寒バス) >> 阿寒湖温泉 1650

宿泊:ラビスタ阿寒川

2日目Tips
・諦めきれず、午前中に路線バスで再び釧路湿原へ。バスの本数は少ないが、現地滞在に2時間半くらい取れるスケジュール。しっかり散歩して、やや時間が余る程度。温根内ビジターセンターの室内で時間を潰せるスペースが有り、バスの待合に利用できる。かなり快適。
・JR運休の影響で川湯温泉に行けなくなってしまった。必死に探したところ、前々から気になっていた阿寒湖温泉のホテルに1室だけ空室があった。
・釧路から阿寒湖までは時刻表で2時間だったが、雪の影響で2時間半ほど。普通の路線バス車両であり、長時間乗車は足腰に厳しい。

3日目

阿寒湖温泉 1020 (阿寒バス) >> 釧路駅 1220
釧路 1342 (おおぞら8) >> 南千歳 1729
南千歳 1735 (JR) >> 新千歳空港 1739

新千歳 2120 (ANA084) >> 羽田 2300

3日目Tips
・阿寒湖温泉からの戻りバスは混んでいた。この日の朝は観光バス仕様の車両が配車されたので、座って釧路駅前まで戻れた。阿寒バスすばらしい。

しぇむりあっぷのおもいで

カンボジアの観光地といえば、やっぱりアンコール・ワットだろう。

アンコール・ワットの周囲には他の遺跡も広がっており、観光エリアとしては広いという話は聞いていた。こういう場所こそガイドブックを購入して綿密に作戦を立てるべきなのだろうが、COVID-19の影響でガイドブックの類は数年間ほとんど更新されていないらしい。わざわざ買わなくても、何とかなるだろう。と思う。

今回の旅ではネット記事を斜め読みして、行ってみたい遺跡をピックアップ、それをGoogle Mapに入れ込んでスケジュール作成してみた。そして出来上がったスケジュールをホテルに送って、ドライバーを手配してもらうことにした。

カンボジアに行ったことがないどころか、ガイドブックすら読み込んでいない素人が作った計画である。ホテルの人に何度かダメ出しを受けた後、ようやく2.5日のツアーが出来上がった。ガイドを付けるか聞かれたが、自分のペースで撮影したいのでパス。

シェムリアップ周辺の遺跡は共通チケットでの訪問となる。早々にアンコール・ワットを見ておきたいところだが、初日には行かないことになった。まずは3日券を購入し、最初はタ・プロームに向かった。雨季は終わっているが、移動中にスコールが来た。さっき3日券を購入したばかりだが、大丈夫なのだろうか。

タ・プロームの駐車場で雨と傘売りをやり過ごし、雨上がりの森に入っていく。しばらく行くと遺跡が森と混然一体となっていた。遺跡も素晴らしいが、それ以上に生命の力強さ、時間の偉大さに心を揺さぶられる。ガイドがいて説明を受ければ理解は深まるのだろうが、そんな理屈抜きで、ものすごい場所である。思いつくまま、遺跡内をウロウロと歩き回った。

翌日は4時前に起きてアンコール・ワットへ向かった。事前に調べたところ、正面に向かって左側の池が良いらしい。しかし雨季の影響でぬかるんでおり、しかも養生ネットが張られていた。

どうすればいいのだろうか。

左側がダメなら右側だろう。しかし真っ暗なので、どこから撮影すればいいのか分からない。ガイドを頼まなかった弊害である。

すこし明るくなって、どこが撮影スポットか分かった。なんとか場所を確保して撮影。荘厳な夜明けを満喫できた。この日のアンコール・ワットは早朝の撮影のみで終了。駐車場でドライバーと落ちあって朝食、その後は別の遺跡を訪問した。

そして3日目も早朝に起きてアンコール・ワットへ向かった。ホテルの人には2回も行かなくていいから寝ていろと勧められたのだが、撮影メインの旅である。そんな妥協は出来ない。

前日に目を付けておいた場所を確保した。ガイドがいない分は、数をこなせば何とかなる。この日は雲が少しあり、朝焼けを楽しむことができた。

スケジュールの関係でアンコール・ワット自体は3日目の最終日に見ることになっていた。アンコール・ワットでは第三回廊と呼ばれる上層が見所らしいのだが、この日は仏日ということで入れなかった。

いやはや。前日も夜明けの撮影には来ており、その後は観光前に朝食を食べている。どう考えても上層階に上がるくらいの時間は捻出できた。リサーチ不足による痛恨のミスである。繰り返しになるが、3日目は最終日である。次回、アンコール・ワットに来るのは何年後だろうか。

決定的なミスを犯したのは、ガイドブック代をケチったのに、ガイドを雇わなかったせいだろう。中層階で呆然としていると、徒然草の「仁和寺にある法師」のくだりが頭をよぎる。

少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。