やくしまのおもいで

昔から春先は苦手なのだが、今年の春は気温変化と花粉症のせいで極めて不調だった。3月には現実逃避して旅行に出ようと思ったが、日程的に成立せず。その後は不調を誤魔化しつつ日々を過ごしていたが、どうにも煮詰まってしまった。

結局、GWまで持ち堪えられず、4月中旬に急きょ旅行へ行こうと思い立った。土曜は既に予定が詰まっており、会社を月曜に休んで、日曜からの一泊二日である。

旅行に行こうとは思ったものの、手段が目的化したパターンであり、どこに行くべきか思いつかない。雪景色には遅すぎるが、春というには少し早い。しばらくネットを探したところ、ちょうど立山の山開きだと気付いた。有名な雪の壁である。せっかくなので見てみたい。

しかし天気予報を見ると、どうも天気は悪いようだ。どの予報機関も「天気は周期的に変わる」と言っており、誰もが次の週末は悪いサイクルにあたると言っている。天気図を見ると、低気圧が日本海を発達しながら移動する想定である。行くべきか行かざるべきか。

グジグジ悩みつつ全国予報を見ると、どの予報機関も九州以西が晴天との見解だった。とくに南に行く方が良いらしい。前から興味があった屋久島への交通手段を調べてみると、行きは東京~鹿児島~屋久島、帰りは鹿児島~東京でマイレージ利用の無料航空券に空席があった。これは屋久島の神様が来いと言っているのだろう。

まずは航空券を確保したものの、そこから先は分からない。なんとなく知っていたのは「縄文杉」と「苔の森」である。縄文杉は丸一日のトレッキング行程のようで、今回はパス。苔の森は移動を含めて5時間くらいの行程らしい。路線バスは本数が少なすぎ、運転が嫌いなのでレンタカーを借りるのも躊躇い、結局はガイドツアーを申し込むことにした。これならホテルへ送迎してくれるので効率的な移動手段も確保でき、一石二鳥というやつである。

あとはホテル探しになるのだが、土地勘が全くないにも関わらず、ガイドツアーの送迎エリアの縛りがあるので難しい。たまたまネットで良さそうな寿司屋さんを見つけ、その店を地図で探すと、ちょうど前にホテルがあった。

諸々の手配が終わったのは出発の前々日だった。

当日は早朝に起きて、昼前には屋久島に到着。快晴ではあるが、里から見上げる山は黄砂で霞んでいる。低気圧は避けられたが、黄砂までは考えていなかった。訪ねるのは森なので、遠景の撮影はないはず。だと思う。

ホテルに荷物を置き、ガイドさんにピックアップしてもらって、苔の森がある白谷雲水峡へ。この森は江戸時代に人の手が入っているため、世界遺産エリアではないらしい。そのかわり、森と人の関わり、森の再生が良く分かる。さすがに月に35日も雨が降ると言われる屋久島だけあって、水が豊かな美しい森だった。

トレッキングを終え、夜は地魚を握ってくれる寿司屋さんへ。初めて聞く魚の寿司を食べ、地元の肴をアテに屋久島の焼酎を飲んで泥酔。

撮影のために同じ場所に何度も行きたがるのは悪い癖である。翌朝は二日酔いだったが早朝に起き、別のツアーで白谷雲水峡へ向かった。

結果的には2回行って良かった。初日は日中なので森の中に陽が当たっていたが、2日目は朝の風景である。徐々に明るくなり、柔らかい日差しが森に差し込んでくる。さらに美しい光景だった。ガイドさん曰く、雨の方が苔が湿って美しいらしいが、そこまでは求めるまい。

現地1泊の短い日程で屋久島まで行くのは勿体ないと思ったが、思い切って正解だった。森も寿司も満喫し、極めて満足できた。

やっぱり屋久島の神様が来いと言っていたようだ。

ふあらんぽーんえきのおもいで

昨年のモルディブはバンコク経由で行ったのだが、JAL深夜便のバンコク到着は午前5時頃だった。乗り継ぎのBangkok Airwaysは午前9時20分発である。約4時間半の待ち合わせだ。僕は空港探検が苦にならないタイプだが、その前に行ったカンボジアからの帰りにもバンコク空港で数時間つぶしたばかりである。ちょっと外へ出てみたい。

タイ料理が苦手なせいか、僕にはバンコクに関する興味が欠けている。それでも調べてみたところ、タイ国鉄のフアランポーン駅 (バンコク中央駅) が未だに稼働中とのことだった。新しい中央駅がバンスー地区に完成して移転予定と聞いたのはCOVID-19流行前で、最後の機会と思って2019年にフアランポーン駅を見に行った。物事が予定通りに進まないのがタイの流儀らしく、どうやら2022年になってもフアランポーン駅への列車の乗り入れが継続していたようだ。

2019年の訪問時は時刻表を見ずに行ったせいか、いまいち車両が少なく、写真としては物足りなかった。今回あらためて時刻表を調べてみると、早朝に長距離列車の到着があるようだ。これは行ってみたい。

寝ぼけたままバンコク空港で入国し、すぐにGrabを呼ぶ。まだ暗いバンコクの街を疾走して、午前6時前にフアランポーン駅へ到着した。早暁の空の下、古めかしく重厚な駅である。

まだ目当ての列車は到着していなかった。旅人たちの喧騒から離れ、整備員の人々と共に、朝焼けのなかをプラットホームのベンチに座って静かな時を過ごした。タイは常夏だが、それでも朝の風が清々しい。

しばらくすると機関車に牽引された長距離列車が到着した。そして更に1本。ドーム型の高い天井の下、昔ながらの客車夜行列車が並ぶ。

25年以上前にバックパックを担いで初めて訪れた時は、混沌が支配する、ちょっと猥雑な活気がある駅だった。あの時の活気はないが、古いターミナル駅の雰囲気は残っていた。

撮影は午前7時くらいに終了。約1時間、じっくり楽しめた。極めて満足して、空港に戻ることにした。

古めかしいフアランポーン駅には昔ながらのタクシー乗り場があるが、相変わらずバンコクのタクシーはボッタクリ満載なのだろうか。このまま旅情に惹かれてタクシーに乗ると、痛い目に遭うかもしれない。

多少なりとも時間に余裕があったので、帰りは電車で戻ることにした。フアランポーン駅には地下鉄も乗り入れている。同じフアランポーン駅でも、タイ国鉄とは随分と違うピカピカの駅だ。途中でエアポートリンクに乗り換え、1時間くらいで空港に戻れた。ちょっとギリギリになってしまったが、Bangkok Airwaysに乗ってモルディブへと旅を進めた。

帰国後しばらくして、2023年1月をもってバンコク中央駅としての機能がフアランポーン駅からバンスー新駅に移転したとの記事を読んだ。一部の近距離列車はフアランポーン駅に残るようだが、もう長距離列車は来ないらしい。

思い返せば思い返す程、夢のような早朝の一時だった。

りゅうひょうのおもいで

昨年、流氷を見に紋別・網走へ出かけた。COVID-19の影響で旅行者が少なく、ホテルも航空券も直前変更が可能だった。天気予報を見つつ、出発数日前に予定をガラッと変えたら快晴にハマり、流氷を楽しむことができた。

こうなると柳の下にドジョウが二匹いないかと思うのが人間である。もう一度、流氷を見に行きたいと思った。自分の手配ミスもあって、旅の前半である釧路~川湯温泉は予定変更したが、さすがにピークシーズンの網走~紋別には予定を変えるほどの余裕はない。日程ありきで、うまく天候がハマることを祈るしかない。

残念ながら天気予報は曇り優勢だった。降雪の予報であれば、途中から東京に戻ることも考えたのだが、そこまで悪い予報ではない。北海道の神様に任せるしかない。

川湯温泉からバスで網走へ向かった。早朝は晴れたので硫黄山を見に行ったくらいなのだが、網走に向かうにつれて徐々に曇っている。やっぱり柳の下にはドジョウは2匹いないのだろうか。

予約を入れていることもあり、天気が悪いまま網走で流氷船に乗った。雄大な風景ではあるものの、写真的には少々物足りない。

網走から更にバスで紋別へ向かう。冬道を走るバスの窓は汚れがちで、外の景色が暗く沈んでいる。僕も暗い気持ちで中島みゆきを聴いていた。いつの間にか浅い眠りに落ちる。

紋別の手前で目覚めると、窓の外が微妙に明るい。窓の汚れのせいで確証はないが、晴れてきているのだろうか。にわかには信じがたい。天気予報は外れたのか。

紋別港でバスを降りると、きっちり晴れていた。夕方の砕氷船は日没時間帯のサンセット・クルーズである。去年はサンセット・クルーズのみ曇りだったので、これだけでも紋別に来た甲斐があったと言える。素晴らしい。

夜は寿司屋で祝杯をあげた。

翌朝も曇り予報である。天気予報は予報なので外れることもあるが、2日も続けて都合の良いようには外れないだろう。

この日の部屋は、昨年と同じホテルの同じ部屋だった。そんな奇跡が起こるくらいなら、柳の下に2匹目のドジョウがいる奇跡もおきないだろうか。

過度な期待はしないことにして、就寝することにした。それでも気になるのが人間の性で、起きたら曇りだった夢を見たのだが。

はたして早朝4時すぎに目覚ましが鳴ると、空は晴れていた。異様に寒いが、心は踊る。

きっちり防寒をして、バスでサンライズ・クルーズに向かった。流氷が沖合まで戻ったせいか、出港が少々遅れたせいか、たんに日の出が早くなったせいか、流氷帯への到着が日の出に間に合わないハプニングはあったものの、この日も流氷を満喫できた。

北海道の神様のおかげで、柳の下にドジョウは2匹いた。ありがとう。