どなうがわのおもいで

ブルガリア行きの航空券を取った後でウィーン市内観光について検討してみたが、どうにも国立図書館以外の選択肢は思い付かなかった。

色々と考えた挙句、ウィーンでの1日はドナウ川クルーズに出かけることにした。観光客向けのツアーは多数あるが、どうやらクルーズ自体は2社が同じルートを数往復しているだけのようだ。

自分で行けば気楽な旅になる。

調べてみると、オーストリア国鉄が往復の鉄道切符とクルーズ券をセットにして売っている。予約も要らないし、便利だ。

ホテルから地下鉄で国鉄駅に向かった。向かった先は近郊電車の始発駅である。始発駅と言っても、上野駅の常磐線ホームくらい味気ない。窓口でセット券を買って、折り返しの通勤電車に乗り込んだ。

終点でローカル線に乗り換え、最初の目的地であるデュルンシュタインに向かった。この街はウィーン近郊の宝石のような街という触れ込みで、そこには宝石のように美しい修道院があった。

ところで9月のウィーンはぶどうの収穫期であり、シュトルムのシーズンである。シュトルムとは、ワインになる前の微発泡の醸造酒だ。発酵途中ということもあり、定義上はワインの新酒ではないらしい。アルコール度数も低い。オーストリア人はアルコールにこだわりがないのか、せっかちなのか。

船に乗り込むと、まずはバーに行ってシュトルムを頼んだ。

デッキに上がってシュトルムを片手にドナウ川の景色を楽しむ。川沿いにブドウ畑が広がっている。ブドウ畑を見ながら、季節の葡萄酒を楽しむ。これ以上ない幸せである。

クルーズの終着地はメルクという街だった。この街にも豪華な修道院がある。

この日に見た修道院2箇所は、どちらも僕の修道院のイメージを覆す豪華さだった。

カトリックと正教会の違いだったり、オーストリア王家の寄付や庇護があったりするのだろうが、数日前までのブルガリア正教会の修道院とは違いすぎる。

これは良い悪いではない。実際、ブルガリアの修道院も、警備隊の一団を雇っていたほど羽振りが良かった時期があったらしい。

日本的な禅の価値観に慣れていると、質素でなければ修行できないと思いがちなのかもしれない。

いずれにしても、信仰や制度のあり方であり、他人が干渉するべきものではない。

そんなことを考えながら、超豪華な修道院を見て回った。

メルクの修道院から歩いて国鉄駅に向かう。修道院は街を見下ろす丘の上にあり、修道院から駅への道のりは、丘の上から把握していたつもりだった。

しかし途中で道に迷ってしまった。

30分に1本しかないウィーン方面行きの電車を目の前で乗り損なった。30分後にやってきた電車は途中駅で無駄に20分ほど止まり、結局、ウィーン到着時には1時間の無駄になった。

ウィーンの商店は閉まるのが早い。行こうと思っていたシャツ屋にはギリギリで間に合わず、ついつい入ってしまった地味な洋品店は地元の老舗だったらしい。値段を見ずに選んだところ、シャツ4枚で850ユーロほど。

出て行く金には淡白なのが江戸っ子の信仰であり、出て行く金にはケチをつけないのがクレジットカード制度である。

他人の信仰や制度のリスペクトという前に、自分自身をリスペクトしてツアーに参加していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

うぃーんのおもいで

子供の頃、僕はクラシック音楽もカンガルーも嗜まず、それ故にオーストリアとオーストラリアの違いが分からなかった。オッサンになり、やっとオーストリアとオーストラリアの地理上の区別はつくようになったが、いまだに両国とも大して興味がない。いわば食わず嫌いの国々である。

食わず嫌いの克服にむけて、ブルガリアからの帰路、乗り継ぎを兼ねてウィーンに滞在することにした。

航空券を取ってから改めて調べてみたが、ウィーンで行ってみたい場所は、以前、乗り継ぎの合間に行った国立図書館だけだった。その他となると、ザッハトルテ以外は特にウィーンについて書くことはない。

だから本当はブログのタイトルを「そふぃあのおもいで」にしたかった。しかしソフィアの写真は既に使い切っている。写真にあわせてタイトルだけウィーン風にすることにした。

ブルガリアのソフィアは地味な首都である。大して写真も撮っていない。そういえばヨーグルトも1回しか食べていない。リラ修道院の印象が強すぎて、ソフィアに着いた時点では既に満腹のような状態だった。

ソフィアでは、友人の父上と関わりのあったソフィア大学を見に行き、大聖堂や市場の見学に行った。しかし半日もたず観光は終了。

あとはショッピングしかない。

ブルガリアはバラ製品が有名である。地元メーカーのショップに行ってみるが、やっぱり「豚に真珠」と「オッサンにローズオイル」は同義でしかない。早々に退散した。

オッサンには酒である。ブルガリアではラキヤと呼ばれる果実由来の蒸留酒が飲まれている。これを買って帰りたい。

酒屋を探して街を彷徨う間もなく、ホテルの近くで品揃えの良いリカーショップを見つけてしまった。おねいさんは英語ができるし、試飲もさせてくれる。その店でラキヤを何本か購入。

これでブルガリアは終了である。

なんとなく物足りなさを覚えたので、1駅だけ地下鉄に乗ってみることにした。

夕食を終えてホテルに戻る途中、わざわざ遠回りをして地下鉄の駅に向かった。自動券売機で切符を購入する。小銭がなかったが、カードで支払えた。1.6レフ、カード会社の換算で丁度100円である。

ここまでは順調だったが、自動改札で引っかかってしまった。

ソフィアの地下鉄は、切符のバーコードを自動改札機にかざし、OKならバーを押して入場する仕組みである。スーパーの無人レジのように、ピッとやれば良い筈だ。

ピッとやってもバーは動かない。

何度もバーコードを読み込ませようとしたが、やっぱりバーは動かない。困って周囲を見回すと、自動改札で立ち往生しているのは僕だけである。普通のブルガリア人は、普通に自動改札を通過している。

それはそうだろう。駅の自動改札は、鉄道会社か乗客の何れかに悪意がない限り、普通に通れるものだ。僕は悪意なく正規チケットを購入しており、そうであるならばソフィア地下鉄が僕に悪意を持っているのだろうか。

しばらく呆然と見ていると、若干の違和感を感じた。

今一度、自動改札を考えてみる。切符にしても、SuicaのようなIC乗車券にしても、右手で投入またはタッチして、読み取り機器の左側の通路から入る。

ニューヨークのサブウェイにしても、パリのメトロにしても、シンガポールのMRTにしても、ロンドンのチューブにしても、サンフランシスコのBARTにしても、地下鉄自体の呼び方は異なるかもしれないが、自動改札は機器の左側通路を通るのがデフォルトではないだろうか。

やっと逆だと気付いた。

ソフィアでは読み取り機器の右側の通路から入るのである。僕の常識はソフィアの非常識らしい。つまり思い込みで行動してはいけないという、それだけの話だ。

うーむ。

写真もないが、特に書くこともなかった「そふぃあのおもいで」である。こんな事ならザッハトルテについて書けば良かった。

ばりのおもいで

いままで僕にとってインドネシアは食わず嫌いのような場所だったが、今年ついにマイルドなインドネシアにデビューした。やってみれば何とかなるものである。もうちょっと先に進んでみようと思い、ベトナムのついでに数日だけバリに行ってみた。

バリは本格的なインドネシア、魑魅魍魎の地である。

そうは言ってもバリは完全な観光地なので、もしかすると本格的なインドネシアとは呼べないかもしれない。しかし完全な観光地であるが故に、本格的な魑魅魍魎の地と言えるのではないか。

バリではバリヒンドゥー寺院を見に行きたかった。日程が短いので効率的に移動する必要があるが、魑魅魍魎の地ではタクシーのボッタクリが横行しているらしい。

どうしようかと思っていたところ、車の貸し切りという手があった。更に調べると、ガイド資格を持ったドライバーを紹介してくれる会社があり、一石二鳥である。

ところでバリにはアラックという蒸留酒がある。酒好きとしては、酒造メーカー訪問は欠かせない。せっかくドライバーを頼むので、蒸留所訪問を日程に組み込んでもらった。

当日になってドライバー兼ガイドさんにピックアップしてもらい、まずはアラックの蒸溜所に向かった。

バリらしい田舎ですと言われ、山道を登っていく。蒸溜所というのは、実のところガイドさんの叔父さんの家らしい。しばらくすると山あいの集落に着くが、そこから更に進む。途中の山道で軽トラとすれ違ったところ、ガイドさんの実家に住んでいる弟さんとのこと。この辺は親戚だらけらしい。

そうこうしているうちに叔父さんの家に着いた。棕櫚の木の汁を発酵させてアルコールを作り、それを蒸留している。叔父さんの蒸溜所はモダンなので金属製の蒸留器を使っているとのことだったが、果たしてそれはドラム缶だった。

蒸留器が銅製ポットスチルかドラム缶かの違いはあるが、やっている作業そのものはウイスキーの有名蒸留所と基本的に大差ない。アルコールを加熱して蒸発させ、蒸気を冷却すると蒸留酒になる。アルコール度数を上げたければ、複数回蒸留すればいい。

蒸留液の最初の部分はヘッドと呼ばれてアルコール度数が高い。最後はテールと呼ばれてアルコール度数は低い。中間をミドルと呼んで、ここが美味しい部分とされる。バリではヘッドは地元の安酒になり、テールは供物になるらしい。

試飲したところ、僕はヘッドの方がアルコールが効いていて好きだった。ヘッドとミドルを1本ずつ買って帰った。容器はペットボトルである。

ここで買ったアラックは地元民価格の2〜3倍くらいだろう。ガラス瓶に入って観光客むけのショップに行ったら4〜6倍だろうから、win-winということかもしれない。地元で消費されてしまうヘッドも買えたし。

ガイドを雇ったら提携の土産物屋に連れて行かれた話を良く聞く。マージン目当てに仕込まれるのである。

今回のケースだと、ガイドさんが叔母さんからフルーツを貰っていたので、それがマージン相当なのだろう。僕も食べさせてもらった。

以前にスコットランドで蒸留所に行ったところ、作業が休みで残念な思いをしたことがある。そういう事態を避ける意味からすると、親戚でも作業でも、仕込めるものなら仕込んでおいてもらうのも悪くない。

しかし自分で仕込む個人旅行に慣れているせいか、他人に仕込んでもらった旅行というのが、なんとなくしっくりこない。しかも連れて行かれた先は親戚が経営する蒸溜所である。

叔父さん蒸溜所訪問の後、ガイドさんの実家を見ていくかと誘われ、さっきの軽トラ弟から実家の庭先でバリコーヒーを御馳走になった。この弟さんまで仕込みだと思うのは、邪推というものだろう。

魑魅魍魎なタクシーを避けてドライバー兼任のガイドさんを頼み、彼も親族総動員で楽しませてくれたのは間違いない。しかし僕にとっては魑魅魍魎から抜け切れないインドネシアである。