冬休み特別読み物:語学学習

いまどきは小学校から英語を学ぶらしい。その昔、小学校でローマ字を覚えさせられたときには、漢字以外にも文字を覚える必要があることに衝撃を覚えたのだが。

いずれにしても学校では半強制的に英語を勉強させられ、それはそれで人生における現実的な選択肢である。

複数の言語を操るのは難しい。語学学習とは人生における長期的な投資のようなものである。人生を豊かにするという側面から、英語以外に何語を学ぶべきかを考えたい。

とりあえずは中国語が無難であろう。転職サイトをみると「中国語スキル尚可」などと書かれていることが多く、有利そうである。生活力という面からは悪くないと思う。

趣味の面から考えてもいい。快楽主義的な僕の場合には、学ぶべき言語は旅行先の傾向と同じになるだろう。フランス語、スペイン語、もしくはイタリア語だろうか。

フランスに行くと、レストランには英語のメニューがないことが多く、フランス語の必要性を痛感する。昔、羽田に国際線がなかった時代から、22時頃に成田を出るエールフランスの深夜便を活用しており、パリのドゴール空港に降りたった回数は半端ない。これだけパリに行っていれば自然に言語くらい習得できるかと淡い期待を持っていたが、結果的にフランス語は習得できていない。空港に降りたつだけではダメだった。

バル好きとしてはスペイン語は欠かせない。バスク地方のバルであれば、目の前の皿を指さすだけで十分なので、大して話す必要はない。しかし、それ以外の地方では料理を注文する必要があり、黒板が読めないと、ありきたりのものしか食べられない。学生時代にはヒスパニック系住民が多いカリフォルニア州に住んでおり、しかも僕は見た目がメキシカンぽい。極めて自然に使用できたはずではあるが、まったくと言っていいほど話せない。見た目だけではダメだった。

イタリア語も微妙である。フランス語もスペイン語も数語程度の語彙力だが、それだけでも手一杯である。ある日、アマルフィでカフェに入ったが、そんなところでは英語で何とかなるのである。しかし、それに甘えてはいけない。イタリア語をしゃべってみようと思った。エスプレッソが出てくる前に必死で思い出し、最後に歌舞伎の見得のように「グラシァス」と言った。ツケが打たれるかと思いきや、カフェのオヤジに苦笑された。たぶん僕には歌舞伎座よりも鈴本演芸場、ツケよりも出囃子の方が似合う。

やっぱり言語習得はハードルが高い。すでに40歳台に突入しており、脳の柔軟性も、記憶力も弱くなってきている。努力せずに言語を習得する方法はないものだろうか。

なつ

やっと8月が終わった。

出勤時に勤務先のビルに入った後、夕方まで一歩もビルから出ない生活をしている。あまり夏の気温や湿度は関係ないし、そもそも今年は基本的に天候不順だったが、8月の終わりとともに夏も一段落な気がする。

昔から極度の暑がりのせいか、夏はキライである。それでも登山が趣味だったころは、カメラを持って北アルプスを目指していた。

いつの頃からか登山には興味を失い、ビールを持って海辺を目指すようになった。とは言うものの、体型的に水着では醜悪であり、実際のところはビールを求めて海辺の酒場を目指している。

しかし海辺の酒場に毎日行くわけにはいかず、基本的には街中の酒場で誤魔化さざるをえない。結局、それは普段と同じなので、キライな夏を乗り切るためには気晴らし的なイベントが必要である。

今年の夏は7年ぶりに隅田川の屋形船に乗った。前回と違うのはスカイツリーができたことで、浅草あたりまで行ってスカイツリーを眺める時間を取ってくれる。

その他にも、寿司屋で冷酒を片手にシンコを食べたり、普段は1人で行く蕎麦屋に知人をよんで日本酒を痛飲したり、近所の居酒屋の座敷でゴロゴロしながら濃いめのハイボールを飲んで泥酔したりと、とにかく酒ばかり飲んでいた。

子供の頃、夏休み中にはアイスを食べすぎないように釘を刺されたが、オッサンになって怠惰に酒を飲む夏を過ごしている。暴飲暴食こそ、戒められていた快楽である。

戒められていた快楽といえば、海辺で盛り上がる不純な恋というのをやってみたい。

しかし、それには生活習慣の見直しが必要である。外に出ることもなく、カロリーを蓄積する毎日。これでは腹が出たままで、水着が似合わないままだ。仮に水着が似合ったとしても、海辺にはクーラーがないし、日焼けも痛い。しかもサーフィン位できないとダメかもしれない。かなりハードルが高い。

海辺の不純な恋は諦めるしかない。やっぱり僕は夏がキライだ。

夏は終わったのだ。僕には冬がある。いまこそ冬に目を向けよう。

冬と言えばゲレンデの不純な恋を思い浮かべてみたが、体が硬いせいかスキーができないことを思い出した。スキーを履いてリフトから降りるだけで一大事だった。20年以上前の話である。しかもオッサンになったら寒いのもキライになってきた。

僕には冬もダメそうだ。

夏という暗闇の先にトンネルの出口を見たと思ったが、その先には別のトンネルがある。人生はトンネルだらけだ。

でわのおもいで

今年も隅田川の花火の日に母親の友達が実家に大集合することになった。しかも今年は人数が増えるとのことである。花火の日は家から脱出したい。

去年は2か月以上前に通知が来て無料航空券で九州に逃げたが、今年は2週間前の告知だった。国内で行きたい所を思い浮かべてみたが、余市蒸留所、水牛の牛車で海を渡る由布島くらいしか思いつかない。しかし花火の日は夏休み期間中の土曜日である。北海道、沖縄などは2週間前に無料航空券が取れるわけがない。

せめて片道だけでも無料航空券が取れるところを探すと、三沢空港、庄内空港あたりだった。

三沢といえば下北半島の恐山である。ネットで調べてみたところ、三沢空港からは大湊線とバスで辿りつける。恐山菩提寺は地獄のような風景だが美しい。しかし積み重ねた石が酸化して崩れていく様とか、石の周囲の草地に結んである草のいわれとか、知れば知るほどストーリーが怖い。恐山は早々にギブアップした。

庄内空港からは鶴岡に出て、出羽三山に行ける。ここ数年は近所の丘しか登っていない僕に月山はハードルが高いが、夏の土日には臨時バスがあって、一日で羽黒山と湯殿山に行ける。

出羽三山の役割分担としては、月山が前世、羽黒山が現世、湯殿山が来世ということらしい。羽黒山と湯殿山に行けば、現在から将来に関しては何とかしてもらえそうだ。参拝的に一番ハードルの高い月山は前世であり、いずれにしても前世は今更どうにもならないのではないか。

今年は本厄なので、参拝だけでなく、厄除けをしてもらおう。出羽で生まれ変わるのだ。

そんな希望を持って4時に起き、朝一番の庄内空港行きANAに乗った。眠気以外に感覚がないまま庄内空港に着き、なんとか羽黒山神社の随神門にたどり着いた。神の世界への入口である。

随神門からは鬱蒼とした森に階段2446段の参道がある。途中、曇り空は小雨にかわった。森が傘の代わりとなり、適度な降雨が気持ちいい。早朝のせいか人は少なく、しかも石段が徐々に湿って良い雰囲気である。ゆっくり写真を撮りながら登って行くと、途中の茶店に着いたところで雨脚が強くなり、小休止。

雨が小雨になったところで再び歩きはじめた。鬱蒼とした参道を写真を撮りながら歩く。しばらく歩いていると、また雨脚が強くなった。本降りである。写真を諦め、速足で数分すすんだところで羽黒山神社に着いた。神様の御加護なのか、タイミングがいい。

ところで羽黒山から湯殿山へ行くバスは1日2本しかない。湯殿山神社を参拝する時間を考えると、実質的には1日1本である。羽黒山神社に着いたところで時計を確認し、脇目もふらず社務所に駆け込んだ。ずぶ濡れで汗ダラダラ、しかも息が上がっているオッサンが厄払いを至急で頼む。悪霊に憑依された哀れなオッサンが助けを求めているような、傍から見たら切迫感のあるシーンである。ケチなので最低金額で厄除けを頼み、それでも住所、氏名、年齢、厄除けの要望を神様に伝えてもらった。

無事に厄除けが終わって現世の平安を確保し、そして湯殿山へ行くバスにも間に合った。これで来世も安泰に違いない。バスに間にあわなかったら、鶴岡から酒田へ出て、土門拳記念館バー・ケルンという選択肢もあったが、生まれ変わった僕が取るべき道は今日の快楽よりも将来への投資である。

湯殿山のことは聞いてもいけないし、語ってもいけないとのことである。Wikipediaによると

松尾芭蕉も『おくのほそ道』における湯殿山の部分については、「総じてこの山中の微細、行者の法式として他言することを禁ず。よって筆をとどめてしるさず」と記し、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな 」と句を詠むのみにとどめている。

よって僕も筆をとどめてしるさない。

ハバナでヘミングウェイの領域の一片を見たと思ったが、芭蕉の領域にも近づきつつあるのではないか。僕は出羽に来て生まれ変わったのだ。

鶴岡からは羽越本線で新潟に出て、新幹線で東京に戻った。缶ビールとワンカップを買い込んで、18時20分ごろ鶴岡を出る特急に乗った。この特急は日本海沿いを走り、この日の日没は18時50分頃である。しかも昼まで小雨だったのに、夕方から晴れた。車窓から見る日本海の夕景は感動的だった。

僕は出羽で生まれ変わった。美しい風景を見て素直に感動できる、ココロの清らかなオッサンになったのだ。ブログをやめて俳人を目指そう。

暮れゆく日本海を見ながら将来に希望を持ったが、片手にはワンカップの酒があり、変化の実感は乏しい。俳人ではなくて、廃人に向かいつつあるのではないか。もしかすると生まれ変わっていないのではないかという疑いと共に、新潟駅で追加の缶ビールを買って新幹線に乗り継いだ。