としのくれ

12月に入り、今年を振り返ってみると、あまり芳しくない一年だったとの思いに至る。ここ数年、同じような結論に達することが多いが、それでも大相撲風に言えば8勝7敗で何とか勝ち越していたのが、今年は負け越した気がする。

そんなことを考えながら街を歩いていると、ふと、人生に寂しさを感じた。人間としての至らなさに思いいたり、冷たい北風の中、人通りの少ない道を背中の丸めてトボトボ歩く。哀愁というよりも、もはや哀臭の漂うオッサンである。このままで良いのだろうか。

それではダメだと思った。まだまだ枯れるわけにはいかない。草食系はダメである。ガツガツと肉食系なオヤジになろう。

が、しかし、ぼくはオッサンである。オヤジたちほどのバイタリティはない。早起きは苦手だし、いまさら社交的になるのも大変だし、本格的な自己改革は難しそうだ。千里の道も一歩から。まずは簡単なところからスタートだ。

近所の定食屋はやめて、トンカツ屋でカツ丼を食べよう。そう思った。肉肉しい揚げ物、卵、そして大量の白米。上カツ丼の大盛だ。

胸を張って定食屋を通り越し、トンカツ屋に向かう。

が、しかし、トンカツ屋は休みだった。

が、しかし、トンカツ屋が休みだからといって、このままオメオメと引き下がっていいのだろうか。

次善の策として大戸屋に向かった。カツ重なら大戸屋にあるはずだ。この際、カツ丼もカツ重も同じではないか。

大戸屋にはメニューがある。メニューにはカロリーが書いてある。そしてメニューがあるということは、選択肢があるということである。人生に対する疑問は脇によけておき、生活習慣に対する疑問が湧き上がる。

・カツ重なんて食べていていいんだろうか。せめてトンカツにすべきではないだろうか。
・ブタ肉なんて食べていていいんだろうか。せめて鶏肉にすべきではないだろうか。
・揚げ物を食べたのに、さらに白米を食べてもいいんだろうか。五穀米にすべきではないだろうか。

いつの間にか「唐揚げ定食、五穀米、ご飯少なめ」と注文している自分自身がいた。揚げ物という以外、上カツ丼大盛とは何の関わりもない。

そして唐揚げを前に、再び人間としての至らなさについて考えた。人生の改革は難しい。バイタリティも決断力もないが、しかし何かしなくてはいけない。千里の道も一歩から。だ。

とりあえず早起きでもしてみようと思った。早起きして朝食を食べたら、人生変わるかもしれない。ふたたび安直なスタート。

翌朝、ふと気付くと普段の起床時間だった。寝すぎた頭で呆然としていると、出勤時間に間に合わず、タクシーで会社に行った。

やっぱり自己改革は難しい。

ちゅうかがい

オッサン友達と横浜バーめぐり。途中、汁物を求めて夜の中華街を歩いていたが、どこに入ればいいのか分からない。

ふとみると、ポツンとボロい中華料理屋があった。入り口を覗くと、テーブルの上にビールの空き瓶が放置されている。

キリンラガーの大瓶。奴が呼んでいる。そう感じた。

店に入ると、コックの格好をした爺さんが一人、新聞片手に座っている。

店全体が切ない場末感で溢れている。

ビールとワンタンを頼むと、爺さんはビールを出し、店から出て行った。

地味な食堂にオッサン二人取り残される。ラジオの深夜放送がかかっていた。空虚なジョークが響く。切なさは既に痛々しい程になっている。

ラジオに飽き、ビールにも飽き、地上の営みから取り残されてしまったのではないかと思い始めた頃、爺さんがワンタンを持って店に戻ってきた。店に入ってワンタンを頼んだのに、爺さんは店の外から出来上がったワンタンを持ってきたのだ。

宮沢賢治の世界のようだった。

すとれっち

前屈の屈は屈服の屈である。

ゆえに前屈はしない。小学校のときに前屈マイナス28cmという小学生史上に残る屈辱的な記録を残して以降、すべての前屈を拒否し続けてきた。ブルボン王朝の皇帝のような気高さである。余は決して屈しないぞ。

しかし屈めないのも屈辱的である。飛行機で物を落としても到着するまで拾えないし、足の爪を切るのですら一苦労である。しかも老化すると関節の可動域が減るとのことである。このままいくと飛行機に乗れなくなるかもしれない。爪が長過ぎて靴が履けなくなるかもしれない。

前屈の屈は屁理屈の屈だ。

いい加減にオッサンだし、そもそもブルボン皇帝ではない。飛行機は自家用ではないし、輿を担いでくれる家臣もいない。ゴタクを並べている前に前屈しよう。

そう思ってストレッチスクールに行った。家臣ではないが、トレーナーが足を支えるなり、腕を動かすなり、なんなりとしてくれるらしい。余は横になっておればよいのだ。偽ブルボンには最適に思えた。

写真で見るとかなり楽そうだったので、軽い気持ちで行ってみた。どっかの大学の体育サークルみたいな軟派な兄ちゃんがトレーナーということだった。美女インストラクターはメニューになかった。偽ブルボンだからしょうがない。

軽いジャブのように前屈をしろという。若輩者のくせに余に屈しろというのか。オッサンすごいだろ。マイナス31cm。

彼は、あんまり運動しないんですね、と言ってくる。余は運動などしないのじゃ。オッサンすごいだろ。全くしないのだ。

さあ屈したから後は任せたぞ。好きにするがよい。

しかし、そこから先が地獄の苦しみだった。責め苦を味わう。こんな兄ちゃんに虐げられてなるものかと思ったが、圧政下の庶民のように過酷な時間を過ごす。そろそろ王制はやめて共和制に移った方がいいんじゃないか。

圧政の苦しみのさなか、硬いのは股関節ではなくて、臀部と足の繫ぎ目部分であると笑顔でいわれる。そんなのはどうでもいい。おまえはマリー・アントワネットか。パンをよこせ。

地獄の苦しみから解放されると、既にヘトヘトだった。革命を起こす気力はない。ナポレオンへの道は遠い。