たばた

台風が来る度に、頭痛になるようになった。低気圧のせいらしい。中年になって自然現象に対しての感受性が豊かになるとは思えないので、人体として微調整が効きにくくなったのだろう。世間では老化と言うらしい。

今年は6月に台風が2回も来たせいか、気圧が低いだけで自律神経の働きが低下するようになってしまった。わけもなく息苦しく、肩も凝るし、無気力になる。

気圧が低いのは梅雨の時期の宿命だ。おかげで毎日のように弱っており、しかも不眠を併発していた。絶不調である。

どうにも寝付けぬまま深夜にネットを徘徊していると、JR東日本のショッピングサイトで機関車見学の募集をしていた。参加費3万円だが、田端運転所で現役の機関車2両に乗れて、しかも触っても良いらしい。

田端でおさわり自由と言われると、場末のスナックを想像してしまうのは昭和の下町育ちの悪い癖だが、どうやら違うみたいだ。

不調で不眠の深夜というのは判断力が低下する。気が付くと申し込んでいた。

たしかに僕のスケジュールは空いているのだが、そこまでマニアでもないのに3万円も払っていいのだろうか。おさわり自由なら価値はあるのだろうか。

絶不調の時期はクヨクヨしがちであり、翌朝になって正気に戻ると、かなり後悔した。もうキャンセルはできない。

あとは行くしかない。梅雨の時期なので、雨が降ったら嫌だなと思ったが、なんとか曇りでおさまった。

後悔は先に立たないが、引きずっても意味がない。当日までに後悔は済ませ、妙に興奮しながら田端に向かった。中年になると、おさわり自由に弱くなるのである。老化の一種だろう。

見学時間60分を3パートに区切って、機関車2両それぞれの運転席見学、それに外観撮影タイム。現役の機関士の方が説明についてくれる。参加者は3人なので、基本的には独り占めで諸々の体験ができるということである。

まずは乗ってみましょうか、と言われて機関車に向かう。ドアの前で怯んでしまうが、どうぞ入ってくださいとのこと。ノブを回して車内に入る。意外にドアが軽い。では座ってくださいと言われ、他に椅子はないので、恐る恐る運転台に腰を掛ける。意外に座り心地が良い。

パンタグラフが上がって、通電状態の機関車である。機関士さんの指示に従って機械操作をしてみた。機関車のモーターを操作すると、背後の機械室で回路が切り替わる。ブレーキ操作すると空気弁や空気圧縮機が動作する。なんと汽笛も鳴らせる。

結果的に極めて楽しめた。3万円のハードルは高いが、僕は価値を見出せた。違う種類の機関車を見学できる時に、改めて参加してみたいとすら思うほどだ。

知人に場末のスナックに行きまくっているオッサンがいるのだが、そういうのを沼にハマると言うのだろう。スナック沼にハマるような田端で、僕は別種の沼にハマってしまったのだろうか。

あの翌朝の後悔を引きずるべきだったのかもしれない。やはり先に立たないのが後悔である。

旅のしおり:広島

0日目

厳島神社

・手漕ぎ「ろかい船

広島 (新幹線) >> 福山
福山 (鞆鉄道バス) >> 鞆港

常夜灯の夕景

鞆港 (鞆鉄道バス) >> 福山

舶来居酒屋 暁

0日目Tips
・たまたま見かけた「ろかい船」に乗船。船で鳥居をくぐって厳島神社に参拝する。これが本来の参詣方法らしい。天候の良い満潮時間帯を中心に営業とのことで、いい機会だった。

1日目

福山 (鞆鉄道バス) >> 鞆港

鞆の雲
保命酒
阿藻珍味

夕食:幸さん家

宿泊:鞆猫庵

1日目Tips
・鞆の浦を散歩。スイーツが美味しい店を発見。ついでに「雲レモン」というクッキーも購入。
・瀬戸内の蒲鉾を買いに阿藻珍味へ。ちくわ握り体験というのをやり、焼きたてを食べられた。
・鞆の浦には保命酒というリキュールがある。ついつい2箇所で購入。
・古民家を改造した宿に泊ったのだが、いわゆる素泊まりである。夜が早い街のせいか、ボケっと夕景を眺めていたら、夕食難民になりかけた。なんとか美味しい店にたどり着けた。

2日目

鞆の浦 1100 (瀬戸内クルージング) >> 尾道駅前 1200

昼食:保広

尾道 1428 (etSETOra) >> 広島 1735

夕食:てっぱん家

広島 2001 (のぞみ64) >> 新横浜 2327

2日目Tips
・鞆の浦から尾道まで船移動。
・広島でお好み焼きを食べてから最終のぞみで帰宅。東海道山陽新幹線は新神戸までしか乗ったことがなかったが、さすがに広島は遠い。新神戸、新大阪、名古屋で人の出入りが多く、酔っ払っていたのに寝付けないままだった。

ひろしまのおもいで

6月に所用で広島県へ行くことになった。梅雨の時期だったのでイマイチ心は踊らないが、所用は所用である。天候にあわせて日程変更がきくようなプランを考えた。

福山市に「鞆の浦」という古い港町があり、ちょっと前から気になっていた。昔の灯台があるらしい。鞆の浦に泊まって船で尾道へ向かい、そこから海沿いの呉線を走る観光列車で広島へ向かうことにした。週末の土曜~日曜だけの短い予定ながら、瀬戸内を満喫できる筈である。天気さえよければ。

例によって毎日のように週間天気予報を見ていると、週末の天候は微妙ながらも、金曜の天気が良いらしい。元々の予定を強引に変更して、金曜の昼に厳島神社へ行くところからスタートすることにした。

20年ほど前に尾道のバーへ行ったことを除くと、広島県訪問は約40年ぶりだったと思う。小学生の頃に平和記念資料館と厳島神社を見て、ブルートレインに乗って東京へ戻った記憶があるのだ。そんな記憶を掘り起こしても、広島電鉄の路面電車で宮島口から広島市内まで異様に時間がかかったのも含め、どうにもパッとした思い出はない。

さて今回の旅行に際して調べたところ、この金曜日の広島港は14時頃が満潮との事だった。ちょうど訪問時間帯である。むしろ晴れで満潮だったので、無理に厳島神社へ行くことにしたという方が正しいのだが。

オッサンになって満を持して行ってみると、島は観光客で溢れかえっており、対岸は市街地で、しかも鳥居の奥にはビルが映り込んでしまう。それでも海の中に大きな鳥居がある風景は絶景だし、建物はPhotoshopで消してしまえばいい。

約40年前の初回訪問時は、潮の状態など調べなかったと思われる。パッとした思い出がないところからすると、満潮ではなかったのだろう。一方、干潮だと大鳥居のあたりまで歩いて行けるらしいので、それであれば別の記憶が残ったと思う。どちらでもないところからすると、極めて中途半端な時間に行ってしまったのではないだろうか。結果として、平和記念資料館で恐怖に慄いた事と、イマイチ迫力に欠ける厳島神社、延々と乗り続ける広電というのが広島の思い出になってしまったらしい。

そんな事を考えながら、厳島神社の参詣と撮影を終え、広島から新幹線に乗って福山へ向かう。そしてバスで鞆の浦へ。

夕方には曇っていたのだが、日没直前に晴れ、日没直後には空全体がピンクに染まった。平日だったせいもあって、ほぼ無人の灯台を満喫できた。

再びバスで福山市内に戻り、古いバーへ行った。20年ほど前に尾道で行ったのが「暁」というバーなのだが、当時から福山にも店があった。尾道は閉店したと聞いていたのだが、改めて調べたところ、福山の店は営業していた。なんと80才で現役のバーテンダーだった。

非常に満足のいく一日になった。

翌日からは天気予報の通りに曇りだった。写真は満足いくものが金曜日に撮れており、おおらかな気持ちで予定通りに旅を続けた。尾道で寿司を食べながら昼酒を飲み、バーのついた観光列車で呆れられるほどカクテルを飲み、広島市内でハイボール片手にお好み焼きを食べた。小学生には真似の出来ない領域である。重ねた歳月は無駄だったかもしれないが、オッサンになって良かった。

いまや広島駅を通るブルートレインはないが、それでも40年かけて広島県を満喫した旅ができた。