くろあちあのおもいで

昨年、久々にヨーロッパへ行ったが、かなり楽しめた。COVID-19の影響もあって、過去数年は短期旅行を繰り返さざるを得なかったが、昨年は比較的長期の旅行で、直行便の利用が難しい都市を組み合わせたので、移動手配に工夫を要した。旅行計画の作成が好きなので、これ自体を楽しめた。

本質的には真逆な性質なのかもしれないが、旅行中に楽しめたのは宗教施設と酒文化だった。ブルガリアでは正教会の修道院に宿泊したし、ギリシャの正教会はブルガリアとは異なる建築様式で見応えがあった。どちらの国も蒸留酒の文化があり、地元の酒を楽しめた。そして最後に訪問したドイツでは、1日に満たない滞在だったが、昔ながらのビアホールに行けた。

ウィスキー好きとしては、ヨーロッパの酒造文化と言えばスコットランドが思い付くが、前回の訪問から既に15年くらい経っている。僕がハマった頃のウィスキー業界は不況だったが、近年は人気が高く、価格が暴騰している。しかもスコッチ有名生産地のアイラ島は最果てと言っていい離島だったが、今や有名観光地となっているそうで、なんとも食指が動かない。

スコットランドの隣にはアイルランドがあり、こちらもスコットランドと並ぶウィスキー生産地だ。やや地味なせいか忘れがちになるが、アイリッシュ・ウィスキーはスコッチほど高騰していない。改めてアイルランドの地図を見ると、風光明媚な海岸線とケルトの古い教会跡が残っているらしい。しかも愛読している小説の影響で、混沌とした時代のイメージが強すぎるのだろうが、シニカルで暗いアル中気味のオッサンが多そうな国である。

シニカルで暗くてアル中気味。

僕にとっては最適な場所ではないだろうか。航空券を調べると、JALの深夜便でヒースロー乗り継ぎすると、翌朝のうちにダブリンへ着ける。帰りは飛行機かフェリーでロンドンへ移動して1泊、午前にヒースローを出発するフライトに乗れば、翌日早朝に羽田へ戻れる。

かなりスケジュールも良さそうで、早々に航空券の予約を入れた。

普段なら諸々の手配を一気に済ませてしまうが、今回は様子が違った。今年前半は不眠が悪化する一方だったので、深夜に時間を持て余していたのだが、実は航空券を取って以来、数か月ほど何もしなかったのである。たしかに蒸留所の見学ツアーの時間を調べたり、旅程最後のアイルランドからロンドン間の移動方法を比較したりと、数件の細かい調べ物はしておたのだが、各種予約はおろか、予定作成すら一切しないまま時間を浪費していた。アイルランド島内はレンタカーで移動しようとしていたので、運転が嫌いな僕としては気が乗らなかったせいもあるが、そもそも計画作成が好きなのに、ここまで何もしないのは前代未聞である。

その頃、たまたま会社で受講させられた研修によると、不眠はメンタルに良くないらしい。会社で無気力なのは以前からだが、旅行まで無気力なのは良くないサインと捉えるべきだろう。悪化してしまった不眠に対して、何らかの対策が必要かもしれない。不眠対策の新たなアプローチとして、夏休みの旅行先を変更する事にした。

ちょっとでも前向きになれる場所へ行く必要がある。シニカルで暗くてアル中気味なのとは対極の、爽やかで眩しい太陽がある場所へ行こう。

ヨーロッパで眩しい太陽を求めるのであれば、やはり大陸の南側で探すべきだ。去年はエーゲ海を見たので、残るは地中海かアドリア海だろうか。数年前、クロアチアのドブロブニクに行ったが、日帰りツアーで訪問したモンテネグロのコトルという街が気に入ったのを思い出した。アドリア海の眩しい太陽が期待できそうである。

航空券を調べなおしたところ、ANAであれば往復とも深夜便利用が可能な模様。効率的な回り方としては、クロアチアのドブロブニクに行き、そこからバスでモンテネグロのコトルに行くことにした。最後日はモンテネグロ首都のポドゴリツァ空港からウィーン経由で早朝の羽田に帰国。

夏休み初日、フランクフルト経由でドブロブニクに到着した。アドリア海の抜けるような晴天が僕を待っている筈が、なぜか雲が多い空模様である。ここまで来て初めて真面目に天気予報を見たが、滞在期間中、ずっと曇りか雨の予報だった。

多少なりとも青空が残っているうちにと思って、宿に荷物を置いて、休憩もせずにドブロブニク旧市街の城壁へ登ることにした。クロアチアで最も有名な観光地の、最も有名な観光名所である。入場料が異様に高くて35ユーロもするが、さらに円安なので日本円換算だと5500円以上になる。

入場料を払ったところで、どこかから雷鳴が聞こえた。陸側を見ると青空が残っているのだが、城壁の上から海上を眺めると曇天であり、しかも遠くには雨柱のようなものが見える。

しばらくすると雷雨がやってきた。ゲリラ豪雨かつ強風である。城壁には避ける場所などない。スーツケースを置いただけで宿から出てきたので、幸いにもリュックには折り畳み傘が残ったままだった。わずかに風を避けられる場所を見付け、退避することにした。結局、1時間ほど豪雨の下で立っていたのだが、到着初日に傘が壊れ、ずぶ濡れになった。

ようやく雨が上がり、城壁観光を再開した。1周目は撮影どころではなかったので、そのまま2周しようと思ったが、1回の入場料では1周しかできないらしい。数日先までパッとしない天気予報を考えると、この日のうちに2週して撮影しておくべきだろう。どう考えても初回の5500円を無駄にしたとしか思えない。

選択肢としては、シニカルで暗くてアル中気味なアイルランドか、爽やかで眩しい太陽があるアドリア海だった。心機一転を考えると悩むまでもない選択肢に思われたが、これならアイルランドに行ったのと大差なかった。むしろ高額な入場料が無駄になっただけ、アイルランドより悪かった可能性すらある。