ベトナム旅の目的地は、少数民族である赤ザオ族の村だった。山岳地帯へ棚田を見に行ったのだ。
ハノイ到着の翌朝、ホテルの送迎車でピックアップしてもらい、ラオカイ省に向けて北上する。途中までは高速道路だが、残りはクネクネと山道を登る。約5時間の行程で、昼前にはホテルに到着した。棚田トレッキングと宿泊がセットになったプランを予約しておいたので、この日の午後からトレッキングである。
ちょっと休憩してレストランで軽い昼食、それからガイド兄ちゃんとの顔合わせとトレッキング予定のブリーフィング。この日はホテル前の谷を2時間ほど歩くとのこと。
ガイド兄ちゃんとホテルを出ると、敷地外には掘っ立て小屋のようなものが並んでいて、赤ザオ族のオバチャン達がたむろしている。噂に聞いていた物売り集団である。
観光地の物販は通り過ぎさえすれば回避できると思っていたのだが、そうでもないらしい。オバチャンたちは商品を持ったまま、我々に付いてくるのである。結果、ゾロゾロと大集団で歩くことになった。
しばらく車道を歩いてトレイルに着くと、雄大な谷に棚田が広がっていた。しかも快晴で、新緑が映える。なんとも美しい。
目の前に雄大な谷が広がっているという事は、つまり高低差が大きい。坂を下った後は、坂を上る必要がある。目の前の光景が快晴という事は、つまり太陽が照り付けている。南国ベトナムの力強い太陽である。気温がグングン上がる。
暑いし疲れる。
そこに物売りオバチャン集団が付いて来ている。さすがに歩行中に商談は行われないが、それでも妙にフレンドリーに話しかけられる。
まったく疲れる。
しかもオバチャン集団は地元民なので、棚田を歩き慣れており、上り坂でも歩くのが早い。もちろんガイド兄ちゃんも早い。結果として集団全体の歩みが早くなり、ナヨナヨした都会人オッサンは同じペースで歩くだけで大変である。
まったくもって疲れる。
ヘトヘトになってトレッキングを終えると、物販タイムである。赤ザオ族デザインの手作りポーチだとか、布製のアクセサリーだとか、オッサンには縁のないものばかりである。しかも、デザインは微妙に異なるが、全員が似たような物しか持っていない。たしかに2時間を共に過ごしたせいもあって無為に断ることはできないが、それとて限度があるだろう。僕は炎天下で歩き疲れており、値段交渉する余裕などなく、オバチャン1人から定価で1個だけ買って、あとの数人からは退散した。
かなり疲れる。
ガイド兄ちゃんがいなければ、このオバチャン集団をガイド代わりにしてチップを払う手もあったのだろうが、そういう仕組みにはなっていない。物販の品揃えとしても、地元産の蜂蜜とか、目先の変わった物があれば良かったのだが。疲労感が強まるだけの、どうにも効率の悪い仕組みだった。
2日目も棚田トレッキングである。この日も快晴だが、朝は霧が出ていた。
8時半にホテルでピックアップしてもらい、スタート地点まで車で移動。9時半くらいから歩きはじめる。歩くにつれて霧が晴れてきた。ただし湿度が高いせいか、遠景の山が霞んでしまっている。せっかく撮影日和なのに、少々もったいない。それでも絶景の中、田植えを見ることができた。棚田は機械化が難しいらしく、ほとんどが手作業らしい。歩くだけでも大変なのに、手作業での田植えには頭が下がる。
この日のコースは上りが少なく、多少は楽である。しかしカンカン照りなのは相変わらずで、撮影には晴れて良いが、とにかく暑い。最高気温は30度くらいだが、湿度は80%オーバー。体感気温はどの程度だったのだろうか。
3日目はラオカイ省での最終日だったが、午前中に追加でトレッキング予定を入れておいた。ホテルのプランには2泊で2回分のトレッキングが付いているが、天気の読みにくい短期旅行である。どの程度まで自分で歩き回れるか分からなかったので、オプショナルツアーを頼んでおいたのだ。
朝霧はなく、湿度が低いせいか、遠くまでクリアに見通せる。この日は絶好の撮影日和であるが、気温は昨日よりも更に暑い。
慣れない高温多湿のなかを2日連続で歩いたせいか、疲れが抜けていなかった。しかも、この日のルートは最も距離が長く、高低差もあるらしい。棚田の撮影だけなら、初日のルートを赤ザオ族オバチャンたちと一緒に歩けば十分だったのではないだろうか。後悔は先に立たないのだが。
それでも棚田の新緑は何度見ても美しく、この日のルートでも田植えを見ることができた。
しかし「好事魔多し」と言うのだろうが、一箇所だけ細い畔道を通った時、丁度そこでフラフラしてしまい、下段の田んぼに落ちてしまった。高低差が70cmほどあり、片足が田んぼにハマる。それでも片足は畔の斜面に残れたし、カメラも無事だった。畦道に上がろうとして踏ん張ってみるが、力を入れれば入れるほど沈んでいくようだ。なんとか倒れこまずに済んでいたが、僕の長い足にも限度がある。ややパニック気味に叫ぶと、ガイド兄ちゃんが救出に来てくれた。
この日はホテルからハノイ空港に送ってもらい、そのまま帰国の予定である。靴とズボンは泥だらけだが、もう着替えの残りはない。かなり気分が落ち込み、トボトボ歩いてホテルに戻った。
ホテルの玄関脇には靴洗い用の流しがあり、ブラシまで準備されていた。ドジは僕だけではないという事なのだろう。幸い出発まで3時間ほどあり、靴を洗ってからプールサイドへ。プールのシャワーで洗濯物のズボンに着替え、クタクタの洋服ながら、泥とは無縁のオッサンに戻れた。
ラオカイ省での3日間、棚田の田植えを堪能できた。これで一生分の棚田を見たと言って良いだろう。
旅行計画の根幹に撮影があるせいか、天気が悪いリスクを考慮して予定を詰め込みがちである。しかも準備を早めにするので、季節感を考慮していないケースが多い。今回の予約は3月に入れたので暑いという感覚は忘れていたし、そもそも山岳地帯の田植え時期と聞いていたので涼しいと思い込んでいたのだが、どうやら勘違いだったらしい。
天気が悪いことを考慮するのと同じくらい、天気が良い可能性も考慮すべきなのかもしれない。コップに水が「半分しかない」と考えがちな僕ではあるが、水が「半分もある」ことも考えたほうが良いのだ。