僕にしては珍しいことに、今年の夏休みの計画は日程的にも予算的にも決め切れず、直前までウジウジと悩んでいた。
以前にクロアチアで買った薬草酒が忘れられず、製造工程を見に行きたいと思った。探し当てたメーカー全てにアポを頼んだのだが、全滅してしまった。
そこから迷走が始まった。
シェリー酒の産地であるスペインのヘレスを再訪しようかと思った。良い街だったのだが、よくよく考えると、そこまでシェリー酒に思い入れはない。コスパ的には決め手に欠いた。
ラムの名産地である、フランス海外県のマルティニーク島、南米ガイアナのデメララ川流域も考え始めた。飛行機的にはキューバより行きづらく、スケジュールを調べるだけで行く気が萎えてしまった。
ウジウジしているうちに7月になってしまった。良い日程の航空券が取りづらくなり始め、ややパニック気味になる。
そんな時にブルガリアの事を思い出した。
ブルガリアといえば・・・僕にとっては、砂糖が別添された酸っぱいヨーグルトと、相撲で大関になった琴欧洲くらいしか思い付かない。いまや明治ブルガリアヨーグルトには砂糖は付いていないし、琴欧洲は鳴戸親方である。僕のブルガリアに関する知識は進歩がないが、ブルガリアは着実に進歩しているようだ。
それはさておき、ブルガリアにリラ僧院という世界遺産になっているブルガリア正教の修道院があり、そこに泊まれるらしい。旅の目的としては良さそうなのだが、冷静に考えると、日本語の話せない外国人が高野山の宿坊に泊まるくらいの難関である。
まずは修道院にメールを出し、空室のある日程を英語で聞いた。ちょっと待っても返事はない。ここに泊まるのが旅行最大の目的であり、最初から躓くわけにはいかない。
こういう時はGoogle翻訳である。質問内容も文章も極めて簡潔にして9月の2日分の空室を聞くと、「分かった。9月に会おう」とのこと。修道院だからなのか、極めて簡潔な返事である。1泊にするか2泊にするか決めかねていたのだが。
念のために2泊で予約しているか聞いたところ、「問題ない」との簡潔な回答だった。修行の地である修道院には、無駄な会話はないのだろう。ここまできたら2泊するしかない。
修道院までの交通手段や、近隣に食事をとれる場所があるのかなど、聞きたいことは山のようにあった。しかし相手は修道僧かもしれないから、浮世に関する低レベルの質問で煩わせるわけにはいかない。ホテルに泊まるわけではないので、自力でなんとかしよう。
調べてみると、修道院の近くにホテルがあり、そこの1階で食事ができるらしい。とはいっても、人里はなれた山の中だろうし、どこまでアテにして良いのか想像もつかない。
一方、修道院の横にはパンの販売店があるようで、主食は現地調達できそうである。おかず類は日本からレトルト食品を持参することにした。これでレストランのバックアップとしては充分だろう。
無駄に食料を持ち歩きたくないので、修道院には滞在初日に空港から直行するスケジュールにして航空券を取った。
ガイドブックを買ってきて調べたところ、公共交通機関で行くのは日程的に挫折。チャーター車でソフィアから修道院までの日帰り旅行の相場は50~150ユーロとのこと。かなり幅があるが、日帰りチャーターを2回頼む要領で何とかなるはずである。
現地の旅行代理店に依頼してみようと悪戦苦闘するが、メールの返事が全く来ずに挫折。この種の手配で評判の良いソフィアのホテルに宿泊予約を入れ、メールで相談したところ、数時間後には往復ともに手配完了。値段も悪くない。
ここまで手配したら、あとは行ってみるしかない。
羽田からANA深夜便に乗ってフランクフルト、そこからルフトハンザでソフィアに着いた。ソフィア空港は市街地に近いのだが、着陸時に街を眺めると、ソ連的な匂いのするアパート群が拡がっていた。しかも滑走路の片隅にはボロい航空機が打ち捨てられている。大丈夫だろうか。
ガラガラの空港を降りる。比較的アッサリと入国審査を抜け、ガラガラの到着ロビーに出た。僕の名前が書かれたボードを持ったイケメン兄ちゃんが待っていた。第一関門突破である。リラ修道院に向かって出発だ。
約2時間ほどで修道院に到着した。修道院の入口で車から降りる。
ここは修道院なので、入口にドアマンはいない。そもそもチェックインする場所すら分からない。宿泊できるのか自信がないまま、イケメン兄ちゃんは去っていった。
荷物を引きずって修道院の中をガラガラと歩く。受付のオフィスを見つけ出したが、チェックインできるのは1日2回。オフィスの前で1時間ほど潰した。壁には注意事項が貼り出してあり、静寂を守ること、宗教生活を妨げない事、イコンに敬意を払うことが記されていた。時間になって受付に行くと、そこには修道僧がいた。この人を煩わせなくて良かった。
鍵をもらって修道院の居住エリアに入った。静寂な生活への入口である。木造の廊下を音を立てないように歩く。質素な部屋に入ると、本当にブルガリアに着いた気がした。