いままで僕にとってインドネシアは食わず嫌いのような場所だったが、今年ついにマイルドなインドネシアにデビューした。やってみれば何とかなるものである。もうちょっと先に進んでみようと思い、ベトナムのついでに数日だけバリに行ってみた。
バリは本格的なインドネシア、魑魅魍魎の地である。
そうは言ってもバリは完全な観光地なので、もしかすると本格的なインドネシアとは呼べないかもしれない。しかし完全な観光地であるが故に、本格的な魑魅魍魎の地と言えるのではないか。
バリではバリヒンドゥー寺院を見に行きたかった。日程が短いので効率的に移動する必要があるが、魑魅魍魎の地ではタクシーのボッタクリが横行しているらしい。
どうしようかと思っていたところ、車の貸し切りという手があった。更に調べると、ガイド資格を持ったドライバーを紹介してくれる会社があり、一石二鳥である。
ところでバリにはアラックという蒸留酒がある。酒好きとしては、酒造メーカー訪問は欠かせない。せっかくドライバーを頼むので、蒸留所訪問を日程に組み込んでもらった。
当日になってドライバー兼ガイドさんにピックアップしてもらい、まずはアラックの蒸溜所に向かった。
バリらしい田舎ですと言われ、山道を登っていく。蒸溜所というのは、実のところガイドさんの叔父さんの家らしい。しばらくすると山あいの集落に着くが、そこから更に進む。途中の山道で軽トラとすれ違ったところ、ガイドさんの実家に住んでいる弟さんとのこと。この辺は親戚だらけらしい。
そうこうしているうちに叔父さんの家に着いた。棕櫚の木の汁を発酵させてアルコールを作り、それを蒸留している。叔父さんの蒸溜所はモダンなので金属製の蒸留器を使っているとのことだったが、果たしてそれはドラム缶だった。
蒸留器が銅製ポットスチルかドラム缶かの違いはあるが、やっている作業そのものはウイスキーの有名蒸留所と基本的に大差ない。アルコールを加熱して蒸発させ、蒸気を冷却すると蒸留酒になる。アルコール度数を上げたければ、複数回蒸留すればいい。
蒸留液の最初の部分はヘッドと呼ばれてアルコール度数が高い。最後はテールと呼ばれてアルコール度数は低い。中間をミドルと呼んで、ここが美味しい部分とされる。バリではヘッドは地元の安酒になり、テールは供物になるらしい。
試飲したところ、僕はヘッドの方がアルコールが効いていて好きだった。ヘッドとミドルを1本ずつ買って帰った。容器はペットボトルである。
ここで買ったアラックは地元民価格の2〜3倍くらいだろう。ガラス瓶に入って観光客むけのショップに行ったら4〜6倍だろうから、win-winということかもしれない。地元で消費されてしまうヘッドも買えたし。
ガイドを雇ったら提携の土産物屋に連れて行かれた話を良く聞く。マージン目当てに仕込まれるのである。
今回のケースだと、ガイドさんが叔母さんからフルーツを貰っていたので、それがマージン相当なのだろう。僕も食べさせてもらった。
以前にスコットランドで蒸留所に行ったところ、作業が休みで残念な思いをしたことがある。そういう事態を避ける意味からすると、親戚でも作業でも、仕込めるものなら仕込んでおいてもらうのも悪くない。
しかし自分で仕込む個人旅行に慣れているせいか、他人に仕込んでもらった旅行というのが、なんとなくしっくりこない。しかも連れて行かれた先は親戚が経営する蒸溜所である。
叔父さん蒸溜所訪問の後、ガイドさんの実家を見ていくかと誘われ、さっきの軽トラ弟から実家の庭先でバリコーヒーを御馳走になった。この弟さんまで仕込みだと思うのは、邪推というものだろう。
魑魅魍魎なタクシーを避けてドライバー兼任のガイドさんを頼み、彼も親族総動員で楽しませてくれたのは間違いない。しかし僕にとっては魑魅魍魎から抜け切れないインドネシアである。