5月末のある日、家でゴロゴロとネットしていると、黒部峡谷の現地ツアーの広告が出ていた。黒部渓谷といえばオレンジ色のトロッコ列車が有名だが、通常のトロッコ列車よりも更に奥地まで行けるツアーのようだ。トロッコ列車に満ちた企画であり、しかもトレッキングした気分にもなれるらしい。昔は山好きだったのに、いまや家でゴロゴロしているオッサンにピッタリな企画である。
山の旅行は雨が降ったら最悪だ。ウカウカしていると梅雨に入ってしまい、梅雨明けまで待つと夏休みになってしまう。夏の黒部は混みそうだ。たぶん紅葉時期は更に悪い。
行くなら梅雨前の今しかない。週間予報をながめると、その週末の天気予報は悪くなさそうだった。急きょ3日後の土・日に行くことにした。
人生2回目、ほぼ10年ぶりの富山県である。前回は全く予備知識のないまま、長野県の信濃大町から黒部ダムを経由して室堂に行った。そのあとトロッコ列車に乗れると思ったのだが、室堂にはバスターミナルしかなかった。釈然としないまま長野県に戻った。
今回、改めて調べたところ、トロッコ列車に乗るには北陸新幹線経由で宇奈月温泉に行けばいいらしい。約10年前は何を失敗したのだろうか。なんとなく釈然としない気持ちを引きずったまま、富山県に向かった。
日曜の早朝、やや寝ぼけたまま、宇奈月駅で参加手続きをした。宇奈月からトロッコ列車で終点の欅平に向かう。現地ツアーといっても、欅平までは集団行動させられるわけではなく、かなり気楽である。新緑が美しい。やっぱり良い時期に来た。
欅平駅からはヘルメットをかぶって別の列車に乗りこみ、更に奥の山中に進んだ。文字通り、山の中の巨大トンネルである。関西電力の作業エリアだ。トンネル内に設置された巨大エレベーターで約200メートル上昇し、更にトロッコ用トンネルを歩いて登山道に出る。登山道を15分程歩いて、高圧送電線の鉄塔下の展望台まで行く行程である。欅平からは関西電力の説明の人がついてくれ、登山道は地元の山岳巡視員の人たちが案内してくれる。
早朝のツアーにしたので、参加人数は8人程と少ない。たぶん鉄道マニアとエレベーターマニアとダムマニアと電気マニアだろう。基本的には関西電力の施設見学なので、ダムマニアと電気マニアは特に満足できそうだ。難工事、発電量、送電線のスペックなど、その道のプロによる解説である。僕自身は電圧と電流の違いも良く分かっていないのだが。
それでも分かっているマネのフリをしながら横目で地図を見ていたところ、やっと10年前からの釈然としないモヤモヤが解けた。黒部川には発電所が複数あり、宇奈月温泉から行く黒部川発電所は第三発電所、信濃大町から行く黒部川発電所は第四発電所ということだった。第四発電所は黒部ダムであり、信濃大町から富山県立山までの通り抜けが可能である。僕からすると目からウロコが落ちるくらいだったが、たぶん他の参加者 (=マニア) は言われるまでもなく知っていたと思う。
電気や地理については小学生以下の知識しかない僕ではあるが、話を聞けば聞くほど、電気を作るのは大きな仕事だと分かる。第三発電所も第四発電所も難工事であり、大きな犠牲のもとに建設された。建設の困難さに目を奪われがちだが、施設の維持管理も大変そうだ。
日々、電気を使うことを意識することは少ない。まったくもって日常的な行為なのだが、それを支える場所には非日常感しかなかった。
黒部川第三発電所まで行って、トイレの電気をつけっぱなしにしている自分を恥じた。電気を大切に。