キューバには二種類の通貨がある。キューバ人が使う人民ペソと、外国人用の兌換ペソである。
僕の場合は酒を例に取るしかないのだが、キューバの国営商店に行くと、アルコール34度くらいの国内向けのラムが1本 (= 700~750mlボトル) = 50〜70人民ペソくらいで売られている。国定価格なのだろう。公定レートが24人民ペソ = 1兌換ペソなので、ラム1本が2〜3兌換ペソということになる。ちなみに、1兌換ペソ = 1米ドル = 110円程度であり、すなわち1人民ペソ = 約4.5円である。
一方、ハバナでキューバ人が集う地元バーに行くと、店には値段を記したボードがあり、これによると1杯 = 3兌換ペソである。定価表が兌換ペソでの表記なので、たぶん外貨ショップという扱いなのだろうが、外国人は全く見かけない。アル中気味のキューバ人による、アル中気味のキューバ人のための、ハードボイルドなバーである。
それはさておき、定価が3兌換ペソだから、公定レートでは72人民ペソの筈だか、店で行き交う人民ペソを見ていると、そんな額を払っている様子はない。そもそもラム1本が60人民ペソ程度なのだ。おそらく実勢価格としては、コップ1杯 (= ショットグラス2杯分) が10〜15人民ペソくらいではないだろうか。
実際、僕が3兌換ペソ払うと、最低1回おかわり無料で、しかもバーテンダーがニコニコ笑ってタダ酒を飲んでいる。外国人用バスの二重価格を通り越した、いわば三重価格ではないだろうか。それでも表面上は定価であり、おかわりもついており、ボッタクリのような、そうでもないような、なんとも不思議な料金体系である。
今年の年賀状を見て、このバーの料金体系を思い出した。
去年は飲食店を除くと年賀状が4枚届き、その全てに返信した。去年は年賀状が1枚52円だったので、去年の僕の価値は208円である。
今年から年賀状が62円になっている。過去数年の分析から分かる通り、僕に年賀状を送ってくれる人々は極めて義理堅い人々である。去年は僕の方から返事を出していることもあり、郵便料金の値上げに関わらず、今年も届く筈である。しかも今年は新規の年賀状を受け取っており、年賀状が5枚届いたと考えて良い。
故に今年の僕の価値は62円 x 5枚 = 310円である。年賀状の枚数という価値基準では25%増であるが、貨幣価値にすると約5割増になる。
キューバのアル中バーのような貨幣価値のマジックである。あのバーでも1杯おかわり無料として還元してくれたのだ。僕がボッタクリではない以上、何らかの形で還元したい。
僕も1枚おかわり無料にしようかと思った。しかし唐突に同じ年賀状2枚を送りつけられても、単なる発送時の手違いとして処分される可能性が高い。還元方法としては分かりにくいのではないか。悩ましい。
分かりやすい形での還元として、今年は年賀状を封書にしようかとも思った。いわば年賀手紙である。しかし、新手のストーカーかと気味悪がられ、つなぎとめていた数少ない年賀状の枚数が減ってしまう可能性がある。悩ましい。
結局、個々の送り主への還元策は見つからなかった。バーのおかわり無料は喜ばしいが、どう考えても年賀状のおかわり無料は喜ばしくない。
経済学的な観点から、ステークホルダーに還元できない利益は、積極的に投資に回すのが、あるべき資本主義の姿だと思う。経済活動には波及効果があり、投資によって経済全体に好影響を及ぼせるからである。
しかし、新規の投資先がないのが悲しい現実である。一昨年、ニューディール政策のような年賀状の巨大投資を行っており、11枚もの年賀状を出しているのだ。おかげで年賀状2枚 (当時のレートで108円相当) というデフレ人生の脱却に成功したが、もはや既に脈がないと分かっている投資先しか残っていないのである。
最近、大手企業の内部留保の溜め込みが批判の対象となっている。結局、大手企業も僕と同じように、既にダメと分かっている投資先しか見えていないのではないだろうか。平成が終わるにあたり、新しい発想で投資を始める必要があるのではないか。
一瞬、極めてマトモなことを思ったものの、僕がキューバで学んだのは、そんなことではない。今年の僕は、三重価格制の影響で、二重の不労所得を得たのと同じである。キューバのバーテンダーのように、ニコニコ笑ってタダ酒を飲もう。笑う門には福が来るのだ。