テキーラ村への起点はハリスコ州のグアダラハラという街である。メキシコ第二の都市だが、見に行きたい場所が少ない街のようだ。時間がなければパスしても良いかと思っていたが、今回の旅行は日程に若干の余裕があり、テキーラ村へ行く前にグアダラハラに1日滞在することにした。
グアダラハラで有名なのはハリスコ州の州庁舎にあるイダルゴ神父の絵だ。地元ハリスコ州出身のオロスコという画家が描いた天井画である。1910年代からのメキシコ革命を受けて、メキシコ美術界にはメキシコ壁画運動というものがあった。らしい。全て後付けの知識である。
朝一番で州庁舎に行って天井画を見た。通りがかりの職員さんにガイドを呼んできてやると言われたのだが、美術品の説明を聞くようなタイプではないし、チップを払うのも面倒くさい。ついつい逃げ出してきてしまった。故にメキシコ壁画運動についての知識はないままである。聞いたとしても覚えていたかどうか怪しいものだが。
ハリスコ州庁舎から少し歩いたところに世界遺産のオスピシオ・カバーニャスという施設があり、ここにもオロスコの天井画や壁画がある。僕がメキシコを第二の故郷と呼ぶ以上、メキシコの歴史や文化にも造詣を深めなくてはならないが、壁画を見てもメキシコ革命に思いを致すことはできなかった。
ところでグアダラハラには大きな市場がある。リベルタ市場という、ラテンアメリカで最大の屋根付き市場とのことである。野菜市場好きとしては見逃せない場所だろう。オスピシオ・カバーニャスからも近い。
壁画を眺めていてもメキシコ文化への理解は深まらないし、美術に興味があるフリをするのも難しい。早々にオスピシオ・カバーニャスを出て、リベルタ市場に向かった。
リベルタ市場は確かに大きかった。ただ、なんとなく落ち着かない。八百屋の隣に服屋があり、その横でスマホのケースを売っているような、何とも言えないゴチャゴチャ感である。そういえば以前に行ったグアナファトの市場も店舗配置としてはゴチャゴチャしており、これがメキシコの市場の流儀なのかもしれない。
市場の店を一通り見た後、遅めの昼食を食べに市場内の食堂に向かった。食堂エリアも相当なゴチャゴチャである。昼食時間を過ぎたせいか、店によって客の入りが様々だ。地元のメキシコ人は、このゴチャゴチャと飲食店がある中に、お気に入りの一軒があるのだろう。
前日の夜に食べたタコスで胃もたれを起こしており、この日はタコスを回避することにした。メキシコ料理についてはタコス以外の知識は無いに等しいので、他の客が何を食べているか覗いてみる。
繁盛している店が無難だろうか。衛生状態を考えると、火の通った物の方が良いのではないだろうか。胃腸の状態を考えると、辛い物は止めた方がいいのではないか。Yakimeshiと看板に書いた店もあったが、わざわざメキシコでチャーハンを食べなくてもいいだろう。
そんなことを考えながらブラブラと歩いていると、野菜が大量に入ったチキンスープを食べている爺さんがいた。緑がかった透明スープであり、辛くもなさそうだ。野菜スープならば胃もたれしないだろう。店も繁盛している。
食堂エリアを一周りした後、先程の店でチキンスープを食べることにした。あとで調べたところ、チキンスープはポソレと言うらしい。
爺さんの隣のカウンター席が空いていた。店の婆ちゃんに声をかけ、そこに座る。そうすると食事中の爺さんが食器を片付け、カウンターを拭いてくれる。爺さんに礼を言い、僕も自分でカウンターを拭く。拭き終わった絶妙のタイミングで婆ちゃんが注文を取りに来た。指さしでスープを頼むと、爺さんが笑って親指を上げた。
その後も爺さんとは会話はないが、食事中にも関わらず、フォークを取ってくれたり、ペーパーナプキンを渡してくれたりと、まめに僕をヘルプしてくれる。ありがたい。
汗をかきながらスープを食べ終わると、爺さんはタコスを2個注文し、1個を僕に奢ってくれた。昨夜の胃もたれが思い浮かぶが、断る術もなく食べる。食べ終わったところで、更にタコスを追加で頼んでくれた。1個目とは具が違うらしい。既に満腹なのだが、2個目も断る術なく食べる。完全に食べ過ぎである。爺さんは3個目のタコスも注文していたが、さすがに断った。我々を見て笑っている店の婆ちゃんに会計を頼み、爺さんと握手して帰った。
州庁舎の美術ガイドからも逃げ出すようなタイプなので、旅行中に地元の人と関わる機会は少ない。こういう出会いも、たまには良いのではないだろうか。素朴なポソレで心が温まった。しかし、どんなに良い出会いでも、やっぱりタコスはタコスであり、この晩も再び胃もたれを起こした。