インドに行くと誰もが哲学者になると言われるが、キューバに行くと誰もがフォトグラファーになる。
初回のキューバ滞在はハバナの街角を撮り、ラム工場を訪ね、ハーシートレインと呼ばれるボロい電車を撮影した。そして最終日に行ったバーのモヒートが最高だった。まだまだ知らないキューバがあるのではないかと思いながら、後ろ髪を引かれる思いで帰国した。
二度目のキューバ滞在はオバマ政権による緊張緩和の時期だった。いわゆる「キューバらしい」キューバの最後の機会だと思って行ったのだ。ラム工場は閉鎖されており、ハーシートレインはハリケーンの影響で運休していた。それでもキューバらしい野菜市場を撮り、キューバらしいバーにも出会えた。しかし、ハバナの中央市場には行けずに終わってしまった。ハバナを出て田舎にも行ってみたかったが、それも果たせなかった。まだまだ知らないキューバがあるのではないかと思いながら、後ろ髪を引かれる思いで帰国した。
そうこうしているうち、アメリカはトランプ政権になり、カリブ海周辺は再び冷戦時代に戻ってしまった。実際、キューバへの投資は減り、観光産業が不振だと聞いた。キューバに行くアメリカ人渡航者が激減しているとのことである。
まだキューバらしいキューバに行けるのではないか。ハバナの中央市場を撮影して、フォトグラファーになろう。これが三流ブロガーから二流フォトグラファーにステップアップできる最後の機会かもしれない。一流フォトグラファーになれるなら、キューバに移住してもいい。
最低でも二流フォトグラファーになるべく、今年1月末からスペイン語を習い始めた。例年通り9月に夏休みを取るとして、8ヶ月あれば中央市場まで行ける程度のスペイン語力が付くのではないかとの目算である。
ところが、そうは問屋がおろさなかった。人生は本人が希望するほど甘くない。
スペイン語は当初の想定よりも難しかった。オッサンには単語を覚えることが苦痛だし、そもそも語学学校では、数日の観光を乗り切るためだけのブロークンなスペイン語は教えてくれない。それなりに文法に則った正しいスペイン語を学ぶ必要があり、それには相応の努力が必要である。
子供の頃、学習塾の体験教室に行ったところ、勉強とは楽しいものであり、塾に行きさえすれば、すぐに賢くなるという幻想を抱いた。結局、幻想は幻想に過ぎないという教訓をすぐに得たのだが、オッサンになるにつれて教訓を忘れてしまっていた。オッサンになって改めて確認したが、やっぱり教室に通うだけではダメだった。
しかも今年は夏以降に仕事が忙しくなりそうで、9月には一週間の夏休みが取れないような気配である。そこで、GWの代休と夏休み前半を兼ねて、5月にキューバへ行ってしまうことにした。しかし、それではスペイン語を学ぶ期間が4カ月ほど減ってしまう。ただでさえスペイン語に苦戦しているのに、学習時間が減ってしまい、いわゆるダブルパンチである。
そして全ての手配を終えてから調べてみると、そもそもハバナには築地のような中央市場は無いらしい。中央市場だと思い込んでいた場所は、規模が大きい普通の市場だった。しかも改築のために去年くらいから休業しているらしい。これでオッサンはノックアウト寸前。
人生には問屋がおろさないことが多すぎる。
とはいえ、世の中にはGoogle Mapというものがあり、mercadoというスペイン語の単語も学んでおり、キューバ国内のバス予約を頼んだ旅行代理店もある。なんとかハバナで営業中の市場の情報を調べることができた。ハバナ市内には大小とりまぜて市場が点在しているようである。前回訪問した市場のほか、ハバナ市内4か所の市場の場所を地図上で把握することができた。出発する数日前のことである。ねばって判定まで持ち込んだボクサーのようだ。
ハバナに着き、プリントアウトした地図とカメラを持って、タクシーに乗って市場に向かった。
調べられた4ヶ所の市場のうち、3ヶ所はハバナの中心街から少し外れた場所にある。ハバナ市内とはいえ、中心街から外れた場所で、路線図もわからない公営バスに乗れるようなスペイン語力は習得できていない。一方、中心街を外れるとタクシーは捕まえにくく、やっと捕まえたタクシーは外国人価格で無駄に高い。しかも面倒くさくなって事前に交渉しなかったタクシーに限って、更にボッタクリ価格である。
そして出発前に調べた4ヶ所のうちの1か所は存在していなかった。Google Mapの誤情報であり、僕にとってはタクシー代を払った挙げ句の無駄足である。
結局、人口200万人規模の大都市とはいえ、市内で市場を見に行くとは思えないような労力と金を費やしたが、それでも半日で3ヶ所の市場をまわることができた。他の日も含めると、今回のハバナ滞在で6ヶ所の市場に行った。2-1の判定で勝利を得たボクサーのような、ほろ苦い勝利である。中央市場はなかったが、やっと3年越しの市場訪問プロジェクトが終了した。
今回の教訓としては「人生は諦めないことが肝心」ということだろう。諦めなければ、不完全ながらも勝利は訪れる。もっとも二流フォトグラファーへの道は半ばだ。
市場訪問プロジェクトが終了してしまったので、誰もがフォトグラファーになる国・キューバには、しばらく行かないと思われる。キューバに行かなくても、諦めずに三流ブログを続けていれば、そのうち僕も二流フォトグラファーになれるかもしれない。諦めないで前を向いて生きていこう。ただしスペイン語は挫折してしまいそうだが。
やっぱり教訓を活かしきれないオッサンである。