ころんぼのおもいで

スリランカやインドはアーユルヴェーダの国らしい。以前、知人がアーユルヴェーダのワークショップに参加するため南インドに行ったが、アーユルヴェーダについて説明されても、僕にはピンと来なかった。スリランカに行けば、僕にもアーユルヴェーダが分かるようになるのではないか。

9時45分にシンガポールを出る飛行機に乗ると、コロンボには11時5分に着いた。アジア域内の近距離線と高を括っていたら、飛行時間は約4時間とのことである。行ってみて初めて分かったが、2時間半も時差があって、シンガポールから意外に遠い。アーユルヴェーダどころか、スリランカについての基本的な認識が欠けている可能性が高いまま、コロンボ空港に降り立った。

空港からコロンボ市内のバスターミナルまで行くエアコン付きのバスもあるらしいが、バス停は空港の敷地外にあるらしいし、満席にならないと発車しない (が、満席になると予定時刻前でも発車してしまう) らしい。しかもバスターミナルからホテルまではスリーホイラー (タイだとトゥクトゥク、インドだとオートリクシャー) に乗る必要があるのだが、外国人相手にはボッタクリが横行しているらしい。アーユルヴェーダな移動は難しい。

もうオッサンであり、バックパッカー的なのは正直しんどい。しかも日程的にタイトなので、バスを待って時間を浪費している場合ではない。翌日から田舎に行ってしまうので、コロンボには到着日の午後しかいられないのだ。オッサンは悩まずタクシーに乗ることにした。

事前に調べておいたところ、タクシーは定額制なので心配ない。カウンターで申し込むと、係員が乗り場まで連れて行ってくれる。世界中ほとんどの空港で、タクシー乗り場の係員は効率重視である。早く客を捌くことにエネルギーを集中させている。しかし、ここは何とも遅い。乗り場までの案内係はゆっくり歩くし、乗り場で乗車する車を指定するのに時間がかかる。荷物をトランクに積んで出発するのにも時間がかかる。これがアーユルヴェーダな空港なのだろう。

車が走り出すと、一般道なら2時間以上かかって通常料金、高速なら1時間程度で行けるが、高速代300ルピーが別料金と言われる。新手のボッタクリではないかと思ったが、とりあえず高速経由で行くように頼む。アーユルヴェーダが分からない僕は「時は金なり」のマインドである。料金所に着くと、僕から300ルピー受け取って、そのまま係員へ。中間マージンを取るわけではないらしい。明朗会計である。もっとも元々が高速代込みという可能性もあるが。

ホテルに着いて荷物を置き、早々に街へ出た。コロンボ滞在は半日しかないのだ。行きたい場所のリストを頭に浮かべる。

コロンボは大都市だが、事前に調べた結果、興味があるのはコロンボの中央駅と市場だけである。ホテルの近くに市場が1か所あり、そして中央駅の隣も市場になっているらしい。あとは外国人向けのショッピングセンターでギフトショップを見て、高級ホテルのバーに社会科見学に行けばいい。

まずはホテルそばの市場を見て、それから列車で中央駅であるフォート駅へ向かうことにした。列車に乗ったのはフォート駅から3つ目の駅だったが、切符売り場は有人、切符は昔ながらの硬い紙である。1時間に1本もない列車は20分ほど遅れてきた。これがアーユルヴェーダな鉄道なのだろう。

フォート駅隣の市場はディープだった。なんとも古めかしい市場である。市場というよりも、朽ちかけたコンクリートの倉庫と呼ぶべきだろう。昔のニュース映画に出てきそうな雰囲気である。

市場中央の通りに面した店を覗いてみる。土曜の午後のせいか、一部は店を閉めはじめている。ちょっと遅かったのだろうかと思いながら歩いていくと、フォート駅から遠くなるにつれ、朽ちかけたコンクリートの倉庫というよりも、もはやバラックになっている。見ていると切なくなり、途中で駅の方に戻った。

市場の中央あたり、それなりに人出があるところに戻ると、店じまいしかけたボロボロの建物の中に入っていく人影があった。奥に何かあるのだろうか。入っても良いのだろうか。

意を決して奥に向かった。ローカル感満載な市場なので、僕が市場に入った時点で浮いた存在だが、奥に入っていくとスリランカ人のケゲンな視線を感じる。この市場に来る観光客自体が少ないのだろうが、建物の中に入ろうというのは極めて稀だろう。

奥は更にディープな空間だった。公設市場内の店舗というよりは、単なるスペースである。世界中ほとんどの市場で、市場内の店舗は効率重視である。可能な限り商品を集積させ、売り捌く。しかし、ここには台とか棚とか商品の集積に必要と思われる設備は存在せず、土間に漠然と野菜を置いて売っているだけだ。これがアーユルヴェーダな市場なのだろう。

そんな市場のあと、海岸沿いを歩いて町一番の高級ホテルに向かった。インド洋に面して建つ、1864年開業のコロニアル様式とのことである。市場とは別の意味で、なんとも古めかしい。重厚な内装のバーには著名客の写真が飾ってあった。目の前の紳士の写真に見覚えがあったが、よくよく見ると軍服姿の昭和天皇だった。インド洋に沈む夕陽を眺めながらマティーニを1杯、そしてダブルでジントニックを1杯。アーユルヴェーダな夕陽は美しい。

こんなバーに行くアーユルヴェーダな生活もあり、あんな市場に行くアーユルヴェーダな生活もある。

高級ホテルを出て日の暮れた街に戻り、再びコロンボの街を歩いた。先程から観光地周辺を歩いていると「象のショーをやっている」「寺院で特別イベントがある」「スペシャルなセールをやっている」などと怪しい連中が声をかけてくる。地球の歩き方や旅行系ブログに書いてある通りだ。ここまで教科書通りなのはバルセロナの偽警官以来である。

歩くのも疲れてきたし、市場とバーで満足しきったので、夕食を済ませてホテルに戻ることにした。先程から見ていると、声をかけてくる奴にロクなのはいない。教科書通りの怪しさが溢れているコロンボで、ボッタクリではないスリーホイラーを見つける術はあるだろうか。

通りがかりに声をかけてくるスリーホイーラーはやめて、だまって客待ち中のスリーホイーラーを狙った。コロンボで最大の難関と思っていたスリーホイーラーだったが、僕の捕まえた運ちゃんはスマホのアプリをメーターにしており、明朗会計である。もっともアプリにボッタクリモードが組み込まれている可能性もあるが。

極めて濃厚な半日だった。到着直後はスリランカについての認識不足に危機感を抱いたが、スリランカに来るまでに悶々としていた期間が長かったせいか、それなりに事前に調べていた。効率よく動けたし、避けるべき人物を避けることもできた。

しかし、シンガポールからの意外な遠さは別にしても、思いがけなかったことも多い。スリランカ最大の都市なのに、昭和レトロ感の漂う駅と市場。いまだに植民地時代の香り漂う高級ホテル。

スリランカは奥が深い。来てみて感じることの多さは、キューバ以来ではないだろうか。ところでアーユルヴェーダについては、スリランカに行った後も分からないままである。

(次回のスリランカ記事)