へれすのおもいで

今年はメキシコのグアナファト、シベリアのウラジオストクと地味な町に行ったせいで、旅行先でショッピングをしていない。ショッピングが趣味というわけではないが、それでもスーパー以上の店がある町へ行きたい。

スペインの帰り、旅行最終日にクレジットカードを握りしめて1日だけパリに行こうと思った。派手なシャツを買いまくり、満腹中枢が壊れるまでレストランで食べるのだ。

しかし、レストランに予約のメールを出すと定休日とのことだった。パリはパリだけに他にも行ってみたいレストランはあるが、ちょっと考え直そうと思った。

日程の都合でギブアップしたアンダルシアの町がある。シェリー酒の産地、へレスである。機会があれば旅行先では酒造を見学したい。派手なシャツを買うよりも、できれば酒を買いたい。パリの代わりにへレスに行ったらどうだろうか。

僕のシェリー酒の知識は狭い。むしろ皆無に近い。シェリー酒と言われても、思い付くのはシェリー酒そのものではない。シェリー酒の樽はウイスキーの熟成樽に再利用されるため、ウィスキー樽の供給元という程度の認識である。

とりあえずシェリー酒自体の予習が必要だ。近所のバーで週に1杯、シェリーを飲み始めた。そして、シェリーに詳しい知人がいるので、その人の知り合いのバーテンダーにボデガ (酒蔵) を紹介してもらうことにした。

へレスに行くのがブドウ収穫期の土曜午後だったり、写真が撮れないボデガはイヤだと言い張ってみたりした結果、ルスタウというボデガを紹介してもらった。ありがたい。そして夕方はティオペペのツアーに予約を入れた。

死んだように静かな土曜朝のコルドバの街を駅に向かい、電車でヘレスに行った。せっかちな僕に似合い、この日の予定は朝から慌ただしい。

へレスの街の中央には市場がある。市場は14時で閉まってしまうので、ボデガ見学の前に慌てて市場を見に行った。ほど良いローカル感で活気があり、海から近いせいか魚売り場も充実していた。この市場で魚を買って、近くのレストランに持ち込んで調理してもらうこともできるらしい。この日の慌ただしい僕に、そんな時間的な余裕はないが。

市場を一回りした後でシェリーの専門店を訪ね、ホテルに戻って荷物を置く。ついにルスタウ訪問である。ギリギリで着いたのに入口が分からず焦るが、そこはスペイン時間で何とかなった。ボデガを見学し、試飲、そして買い物。再び荷物を置きにホテルへ戻り、ちょっと休憩して、ティオペペに向かう。

ルスタウ見学終了後の15時過ぎには昼酒を飲む人で街は溢れていたが、ティオペペに向かう17時前に再び街へ出ると、街は死んだように静かだった。

本場のシエスタである。せっかちな僕と違って、優雅なスペイン時間だ。

ティオペペを見学してから街に戻ると、街には人が戻っていた。夕方の街をウロウロしながらホテルに戻る。夜はレストランでスペイン料理とシェリーのマリアージュ。酒も料理もうまい。ナイトキャップにバルへ行けないほど飲み、食べた。

ヘレス行きは大正解だった。今回のアンダルシアの中で一番の街ではないだろうか。この街に数日滞在してボデガを巡り、シエスタ付きスペイン時間で飲んだくれていたら幸せそうだ。

さて翌日は帰国日である。荷造りを済ませ、最後の散歩に出かけた。広場のバルでチュロスとコーヒー。日曜の朝なので、バルは家族大集合といった趣である。隣のテーブルの婆ちゃんにアゴを撫でられて”Fino Fino!”と言われる。僕はネコか。

ホテルに戻ってチェックアウトした後、早めにへレスの駅に着いてしまった。駅にはバルがあり、最後にシェリーを飲んで時間を潰そうと思った。

何気なく鞄からチケットを取り出すと、何となく違和感を感じた。チケットの日付が16/09になっている。旅行中の遊び過ぎと飲み過ぎのせいか、いまの僕には曜日の記憶しかないが、これは昨日の日付ではないだろうか。腕時計を見ると、時計の日付窓には17と表示されている。念の為にiPhoneを見ると9月17日日曜日と出ていた。

間違いなく今日は9月17日日曜日であり、間違いなく僕はチケットを買い間違えている。

慌ててチケット売場に行くと、ちょうど各駅停車が発車したところだった。乗るつもりだった特急は満席、その次の各駅停車では遅すぎる。このままパリ行きの飛行機に乗り遅れ、日本行きのエールフランスに乗りそこなったら大事件である。

罰金覚悟で特急に乗ろうかとも思ったが、ふと思い出すと、さっき駅前でタクシーを降りた時にバスターミナルがあった。空港のあるセビーリャのバスターミナルまで出られれば何とかなるだろう。

バスターミナルの切符売り場に駆け込んで、手近な窓口でチケットを購入する。窓口のおねいさんに何時発か聞くと、「いま」とのことである。

シエスタ付きの優雅なスペイン時間が似合う街に不似合いな、最初から最後まで慌ただしい滞在だった。

これも自分自身に組み込まれた、せっかちさ故ではないだろうか。せっかちさを矯正すべく、近いうちにへレスを再訪し、優雅に昼酒を飲んでシエスタしよう。