ウラジオストクといえばシベリア鉄道の終着地である。日本人的にはモスクワへ向かう出発地なのかもしれないが、ロシア人的には遠くまで来てしまったと思うような場所ではないだろうか。
見所の少ないウラジオストクでは、駅も代表的な観光地である。モスクワからの列車は朝にウラジオストクに着き、モスクワ行きは夕方にウラジオストクを出る。列車の時刻を調べ、僕も駅へシベリア鉄道を見に行った。
出発前、ウラジオストクに行くと知人に話したところ、ウラジオストクからモスクワまでシベリア鉄道に乗ると思い込まれた。たしかに僕なら乗りそうだし、実際、シベリア鉄道乗車は長年の夢である。今回の旅も、モスクワまでの乗車は無理としても、ウラジオストクからハバロフスクまでシベリア鉄道に乗り、ハバロフスクから東京に戻ってくる選択肢もあった。これだと車中で夜行1泊の旅である。キャンセル料重視で航空券を取ってしまった事もあるが、今回はシベリア鉄道1泊を見送った。シベリア鉄道はモスクワに行く日まで取っておこうと思ったのだ。
しかし、ウラジオストク駅で出発する列車を見ていると、やっぱり乗ってみたくなった。人生は何事も経験ではないだろうか。ウラジオストク駅からシベリア鉄道に乗るべきではないか。駅は列車を見に行くためにあるのではなく、列車に乗るためにある筈である。
このままモスクワ行きの特急に乗ってしまったら、1週間の無断欠勤で会社をクビになってしまうし、そもそもビザの出国期限に間に合わない。車中1泊でハバロフスクに行っても、帰りのウラジオストク発の飛行機には間に合わない。しかし、人生に妥協がつきもののように、シベリア鉄道にも妥協点がある。近郊電車である。
ウラジオストクの市場を調べていた時に発見したのだが、近郊電車を3駅ほど乗ったフタラヤレーチカ駅の近くに市場がある。その市場へ行きがてら、電車に乗ってみることにした。距離は短くとも、シベリア鉄道はシベリア鉄道だ。
ネットで時刻表を調べたところ、近郊電車と言えども、極東の地では1時間に1本くらいしか運転していないようだ。時間を調整してウラジオストク駅へ向かった。駅の入口には金属探知機とX線の検査機がある。ロシアのスタンダードなのだろう。携帯とカメラをポケットに入れた状況でも金属探知機は反応せず。そんなセキュリティー検査をパスし、駅舎に入って切符を購入する。ほとんど英語が通じないので、駅で切符を買うのが最大の難関だと思ったが、自動販売機には英語メニューがあった。
豪華なウラジオストク駅の中をウロウロ歩いて時間をつぶし、発車前にホームへ向かった。ちなみにホームにはセキュリティのチェックなく入れる。駅舎は大事だが、電車は諦めている。ロシアのスタンダードなのだろう。帰りの空港が同じ警備コンセプトだったらイヤだ。
近郊電車はエレクトリーチカという電車である。骨董品級の市電と同じ位のボロさだ。頑丈そうといえば聞こえはいいが、大雑把に作られた感じのする車両である。車内の座席は木のベンチだった。乗客が少ないこともあり、なんとなく悲しくなるようなシベリアの場末感が漂う。
ウラジオストクからモスクワまで特急でも6日と2時間かかる。エレクトリーチカ乗車は3駅で15分位だったので、約0.17%のシベリア鉄道体験だった。
たった0.17%の体験でシベリア鉄道が分かったという気はないが、しかし今回乗車した590倍もの時間をシベリア鉄道に乗り続けるかと思うと怯む。ロシアに来てみて、一度はモスクワに行ってみたいとの思いを強くしたが、長年の夢だったシベリア鉄道はギブアップしたい。
こんなことなら中途半端な経験はしないほうが良かった。知っているが故に後悔しないより、知らないが故に後悔した方が、むしろ人生にはプラスである。