ゴールデンウィークに2日間ほどウラジオストクへ行くことになった。
シベリア鉄道の発着地という以外、全く知識のない場所である。そういえば学校で天気図を書かされた時、気象通報で「ウラジオストク風力3」とか言っていたな。
どんな所なのだろうとネットの観光サイトを探したが、どうにも見所がない。強いて言えば、シベリア鉄道の駅、港の見える丘、博物館になっている退役した潜水艦くらいだろうか。シベリア鉄道の駅以外、大して興味を惹かれるものがない。
本当に2日も潰せるのだろうか。
他の人は何をしているのだろうと思い、ネットの旅行記ブログを探した。色々と読んでいくと、僕のブログと違って結構な情報量だ。ありがたいことである。ブログ情報をWikitravelやGoogle Mapと組み合わせると、どうやら街の東部に大きな市場があるらしい。そこに市電が通っており、市電の終点には別の小さな市場があるようだ。
市電に乗って市場に行く。これだけあれば旅行先としては十分ではないか。あとはシベリア鉄道の駅でも見ていればいい。最悪、ホテルでウオッカを飲んで酔いつぶれていれば、2日くらい潰せる筈である。
5月の夕刻、ウラジオストクに着いた。勝手な思い込みで、非効率な入国審査と不必要に細かく調べられる税関を想像していたが、かなりあっさりとロシア入国を果たした。白タク攻撃を振り切り、正規のタクシーを捕まえて街に向かった。
5月といっても、ようやく長い冬が終わったばかりである。ウラジオストクの夜は寒く、霧が濃い。人気のない夜の街。
翌朝、予報では小雨だったが、からりと晴れていた。しかも暑い。朝、バスに乗ってロシア正教会の聖堂へ向かった。外国でバスに乗るのは大嫌いだが、Google Mapで見ると停留所ごとに路線番号が出てくるので、どのバスに乗ればいいかは見当がつく。
聖堂を見た後、バスを乗り継いでルガバヤ市場に向かった。今回の旅行のハイライトである。市場の近くのSportivnaya停留所でバスを降り、市場へ向かった。ルガバヤだのSportivnayaだのと分かった風に書いているが、現地の表記はキリル文字なので、ЛуговаяだったりСпортивнаяだったりと、判読不能である。したがって実際のところはiPhoneの国際ローミングとGoogle Mapの現在地情報に依存していた。ハイテクなオッサンである。そして小心者である。
ルガバヤ市場の入口にはカバン屋とか靴屋とか、雑貨と日用品の店が集中していた。東南アジアで見かける、バッタ物を吊るして売っているような、ゴチャゴチャした雑貨屋である。これはこれでいいのだが、僕は野菜市場が好きなのだ。ここに八百屋はないのか? どんどん市場の奥に進み、ウロウロしていると、やっと八百屋が集まる一角を見つけた。よくよく見ると入り口から近い。かなり遠回りしてしまった。僕の人生のようだ。
季節的に春になったばかりだし、それでなくても寒い場所のせいか、西ヨーロッパで訪ねた市場に比べると根菜が多いような気がする。なかには数種類のジャガイモを売り分けているジャガイモ専門屋台もあったりして、ロシア的なこだわりなのだろうか。
ルガバヤ市場に満足すると、市場の脇から市電に乗った。昔は市内いたる所を走っていたらしいが、いまは1路線しか残っていないボロい市電である。車両自体が古いせいもあるが、線路の状態が良くないのか、縦にも横にも揺れる。
市電の終点にあるバリャエバ市場は小ぶりなマーケットだった。ルガバヤ市場よりも生活感がある。バリャエバ市場を一回りしてから、市場の売店でピロシキを買った。ピロシキの注文はできたのだが、その後で ”Мясо или овощи?” みたいなことを聞かれ、答えに困ってしまった。とりあえず最後に聞き取れた言葉をオウム返しで返すと、どうやら回答の形式としては間違ってはいなかったようで、肉の入っていないピロシキを渡された。もっとも僕は肉の入ったピロシキが食べたかったので、回答の内容としては間違っていたのだが。ロシア語は難しい。市電の停留所に戻り、ベンチに座ってピロシキを食べた。
ビニール袋に放り込まれたピロシキを食べながら、ソ連の香りの残るボロい市電を眺めていると、随分と遠い所に来たような気分になった。ウラジオストクは地理的にはヨーロッパに分類されるが、東京から飛行機で2時間程度の場所である。それでいて、アジアとも、ヨーロッパとも違う、独特の空気である。まさに近くて遠い場所だ。
灯台下暗しというが、まだまだ身近でも知らない事は多い筈である。思わぬ身近な場所で、目を見張るような発見があるかもしれない。下手の考え休むに似たりとも言うし、無駄な将来設計は捨てよう。どうせ僕は無駄に遠回りしてしまうのだ。うつむきがちに目の前の事だけを考えて生きていこうと思った。期せずして、目の前に良い拾い物があるかもしれないから。