いつの頃からか野菜市場が好きになり、旅に出て機会があると市場に行っている。
ハバナには中央市場があるらしいが、ちょっと旧市街から遠い。諦めつつも旧市街を歩いていると、小規模な市場があった。壁には野菜やら果物の絵が描いてあったり、チェゲバラの絵が描いてあったりと、まさにキューバの市場である。ちょっとウロウロして、写真を撮って帰った。
なんとなく忘れられなくて、翌日、もう一度行ってみた。
正午前あたり、市場に向かう途中で廃墟のようなボロボロのビルから不健全な匂いを感じた。午前中には嗅ぐべきではない、猥雑ではあるものの、しかし猥褻ではない匂いである。なにかが僕を呼んでいる。
バーである。入り口でためらっていると、酒が呼んでいる。
バックバーにはスコッチからウオッカ、ラムまで、ありとあらゆる酒があるが、ほとんど全て空瓶である。中身の入っている酒は、ハバナクラブのアネホ・ブランコと、正体不明のキューバ国内消費用のラムだけである。ハバナクラブは2本だけ置いてあるが、誰も飲んでいないし、売る気もないようだ。実質的に唯一の営業用の酒は国内用ラムである。ハバナクラブ3年のように、ほんのりと色がついているが、ペットボトルに入っているし、どう見ても安酒である。
このバーのルールはシンプルである。ラムのストレート。それしかない。オンザロックやソーダ割りはない。もちろんモヒートもない。
唯一の選択肢は、シングルかダブル。シングルというと、ショットグラスで測って2杯分 (定義上、それはダブルと称するのではないかという疑問はさておき)、それが空き瓶を加工したグラスに出てくる。ハバナクラブの空き瓶をカットし、下半分を再利用したグラスである。屋台のおでん屋に行くと、大関ワンカップの空コップに安酒が入ってくるが、そんな風情である。グラスを洗っている気配はあるものの、洗剤を使用した気配はない。希望すれば、別にチェイサーらしきものをもらえるようであるが、それも単なる水道水である。
店には無愛想なバーテンダーが一人おり、顔見知りの客とは少しばかり話をしている。あとはキューバ人同士といえども大した会話もなく、むっつりとタバコを片手にストレートのラムを煽っている。
ダブルのようなシングルのラムが兌換ペソで2ペソ。もちろん僕以外の客はキューバ人であり、彼らは人民ペソで払っている。
究極、バーに必要なものは、カウンター、椅子、バーテンダー、それに酒だけである。この店は、それら全てを揃えているものの、それ以上のものは無い。
この店に氷やソーダはない。ナッツやら、つまみになるようなものもない。音楽もテレビもない。扇風機はあるが、これはバーテンダー用である。唯一の追加的なサービスといえば、トイレと灰皿である。トイレは廃墟の奥の方にぽつんとあり、灰皿は空き缶の下半分を再生したものだった。バーとして必要最小限ではあるが、しかしバーとして十分である。居心地も悪くない。
このバーのルールはシンプルに酒と向き合うことである。
陽射しの厳しいハバナの昼前、しかし陽の当たらないボロビルの一角で、ハードボイルドという言葉を再認識した。