きゅうふんのおもいで

昨年12月にインフルエンザのような風邪で寝込んでいたところ、救援物資を持って母親が来てくれた。その際に話したところ、台湾の九份に行きたいとのことである。

台湾の気候を調べたところ、概ね4月以降は半年ほど雨季になるようだ。僕は旅行をシリアスに捉えており、迅速に行動することにしている。来シーズンまで待たずに行ってしまう事にした。カレンダーを眺めると今年2月は3連休が2回あったが、そのうち1回は旧正月と絡むのでパス。さすがに母親を連れて弾丸旅行も無理があると思い、有給を1日取って4日間の日程とした。

僕は今回で2回目の台湾訪問だが、以前から九份は異様に混むと聞いていた。金曜午後から週末2.5日の予定だった前回は、敢えて九份と故宮博物院には行かなかった。週末を避けるべく、今回は平日に九份で1泊することにした。

旅行初日は正午頃に台北の松山空港に着いた。この空港は台北市内にあるので、そのままUBERで九份まで行ってしまう事にした。台北を出発した時は曇天だったが、徐々に小雨が舞い始めた。九份に着いた頃には、完全な雨になっていた。

宿泊するB&Bは公共駐車場の奥にあるのだが、その駐車場は既に観光バスで溢れかえっていた。宿の前まで車で行くのは諦め、雨の中を徒歩で向かう。どうにも良くない気がする。こういう時に限って傘はスーツケースの中なのだが、問題の本質はそこではない。

荷物を置いて街へ出ると、やはり混んでいた。観光客を見に来たような混雑である。その時点で14時過ぎなのだが、夜景が有名な街なので、夕方になるにつれて更に人が増えるのだろう。しかも狭い路地で傘をさしているので、極めて歩きにくい。どうにも良くない。見晴らしの良い喫茶店があったので、逃げ込んで様子を見ることにした。

しばらく喫茶店で時間を潰しても雨は上がらず、眼下の道路はバスで渋滞している。どうにも良くなる兆しは見られず、諦めて宿に戻ることにした。

九份から台北に戻る路線バスがなくなる20時頃を過ぎると人出が急に減ると聞いていたので、19時になって再び街に出た。雨は止まず、まだ混雑している。14時頃と比べて、多少マシという程度だろうか。九份は急坂の街であり、坂の下にある宿に戻るのも面倒くさいし、体力も使う。別の喫茶店に入って再度の時間つぶし。どうにも良くない。

20時になって喫茶店を出ると、ついに人出が減っていた。雨は止まないが、ようやく観光名所である茶屋の前まで到達できた。この有名茶屋の前に、別の茶屋があってビューポイントと聞いており、撮影がてら入ってみた。槍ヶ岳に登ると槍ヶ岳が見えないのだから、借景にこそ意味がある。

日本では喫茶店に入ることは滅多にないが、台湾に着いて半日で3回目だ。水分摂取量が半端ない割に、アルコール類はビールすら口にしていない。どうにも良くない。

この日は喫茶店と買い食いばかりで、食事らしい食事はANAの機内食だけである。空腹を覚えたが、既に茶店の食事タイムは終わっていた。どうにも良くない日である。

夜景を眺めながらお茶を飲んでいたら、どうやら母親が店の老板に気に入られたらしい。しばらく日本語で色々と話した挙句、弁当をもらった。どこかの団体旅行の残りなのだろうが、なかなか美味しい。取り分ける食器まで貸してくれるサービスぶりだった。ありがたい。最後に耐えきれなくなって「老板、ビールください」と言ってしまった。日本語が通じるのは素晴らしい。

雨は翌朝まで降り続け、出発前には霧雨程度になったが、いずれにしても曇天である。それでも午前中は人出が少ないので、宿から15分ほど坂を駆け上がり、例の茶屋の前まで行って撮影。

この日に限らず九份は雨が多いらしいし、あまりにも観光地化しすぎていて写真も撮りにくい。どこで写真を撮っても、どこかで見た写真にしかならない。撮影ポイントを探すにしても、人間が多すぎて気力が萎える。写真メインの観光地としては、どうにも良くない場所である。

結局、九份の良かった思い出は弁当だけという、なんとも複雑な場所だった。どうにも良くない場所が、どうでも良い場所にならずに済んだのは、あの老板のおかげである。真是謝謝你。