くしろしつげんのおもいで

海外旅行という選択肢のない今年の夏休みは、どう過ごすべきか難しかった。僕の勤務先では夏休みを9月末までに取る必要がある。7月に富山へ行って夏休みを1日使ったが、ふと気付いたら8月末になっていた。

どこに行こうか迷いながらインターネットでニュースを見ていたところ、9月末に釧路湿原のトロッコ列車夕焼け時間帯に臨時運転されるとのこと。今年が初めての試みらしい。

既に指定券の発売開始日は過ぎていた。北海道の人気列車が絶好の時間帯に臨時運転されるのである。乗りに行ってみたいのだが、最大の障害は指定席の入手ではないだろうか。

その日の夜、どうせチケットなんて取れないだろうと絶望的な気分で駅に行った。しかしCOVID-19による旅行自粛のせいか、そこそこ空席があった。これは釧路に行くしかない。

列車のチケットを買ったところで、旅行スケジュールを考え始めた。神奈川と東京とで二重生活しているが、正式には東京都民なので9月末はGo To Travel非対応だった。ちょっと悔しいが、乗り越えられない障害という程ではない。日本国政府から旅行代金を補填してもらえないのであれば、マイルとLCCを使えばいい。行きのJAL千歳便にはマイル利用の無料航空券があり、帰りは釧路からのAirDoに格安チケットがあった。

ほぼ完璧な計画で全ての予約を済ませたが、数日後、AirDoから欠航の通知が来た。COVID-19による運航調整とのこと。その日の午前はJALの釧路〜東京便も欠航であり、釧路から東京に戻る便は午後しかない。実は午後から会社の予定が入っており、僕の旅行にありがちな羽田空港から会社直行のパターンだった。正午頃には羽田に戻っている必要がある。絶望的な気分になった。

この障害を乗り越えないと、釧路で夕焼けトロッコ列車には乗れない。困ったときは、十津川警部のように地図を眺める。

北に向かうと網走の近くに女満別空港があるが、需要減による欠航のリスクは釧路といい勝負だろう。東には根室中標津空港があるが、こちらは更に条件が悪いと思われる。南は太平洋。残るは西、帯広である。

釧路を6時半くらいに出発する朝一番の札幌行き特急「おおぞら2号」に乗ると、帯広に8時着。帯広駅前からバスで空港に向かうと、帯広空港には9時に到着。10:15発のJAL570便に乗ると、羽田着11:55。

容疑者のアリバイは崩れ去った。

しかし障害はこれだけではなかった。出発前週の日曜日、ギックリ腰になってしまったのである。再び絶望的な気分になった。

この障害も乗り越えないと、釧路で夕焼けトロッコ列車には乗れない。翌日に鍼灸院へ行って復活したものの、思いつきでストレッチをした結果、悪化させてしまった。出発前日は在宅勤務だったので、鍼灸院と会社のボスに泣きついて、ちょっと長めの昼休みを取って再診してもらいに行った。仕事より旅行である。

なんとか障害を乗り越え、北海道へ旅立った。

ここまで来ると、障害となりそうなのは当日の天気だけだ。午前中は曇りだったので心配になったが、昼くらいから快晴になった。絶好の夕焼け日和である。

満を持して釧路駅に向かった。釧路から終点の塘路まで片道40分ほど。釧路湿原の中を走る釧網本線は絶景だった。しかもトロッコ列車だけあって窓がない。非常に良い気分である。

この日の日没は17:10頃だった。塘路16:42発の復路がメインイベントということになる。

湿原の夕景は更に絶景である。列車内からの写真撮影は、窓がないトロッコ列車の本領発揮といったところだ。景色の良い場所では徐行もしてくれる。

しかし僕は気になってしまった。線路沿いの通信ケーブルが写り込んでしまって障害となる。ケーブルが写り込まず、かつ線路沿いの木々に湿原の展望を妨げられない場所というのは、意外に限られている。

最後の難関と思われた天気は全く問題ない。それにもかかわらず、写真撮影に障害があるとは予想外だった。

線路沿いとはいえ、国立公園の木を切るのは環境保護の観点から問題あるのだろう。鉄道の通信ケーブルを切るのも、安全運行上の問題があるだろう。冬季の積雪を考えると、通信ケーブルを地中化するのも大変なのかもしれない。仮に地中化が技術的に可能だとしても、資金難のJR北海道には難しそうである。

数日の国内旅行ではあったが、僕自身は幾多の障害を乗り越えて釧路まで来た。トロッコ列車そのものの障害は、僕個人には乗り越えられない壁であり、諦めるしかない。

通信ケーブルが写真に写り込む問題は残っているが、素晴らしい夕景に出会えたせいか、爽快な気分で列車旅を楽しむことができた。終わり良ければすべて良し、である。

(北海道の夏休み:次回)