めきしこのおもいで

8月の予定だった会社のプロジェクトを理由に、夏休み先行取得として5月にキューバに行った。しかし正式には夏休みは7月~9月にしか取れず、制度上は夏休みが残ってしまった。

確信犯だったので、キューバからの帰国後、虎視眈々と9月のカレンダーに目星をつけておいた。そういうのは人間としてどうかと思うが、実際、そんな程度のオッサンである。今年は9月に3連休が2回あった。2日間の夏休みを取ると、3連休とあわせて5日間の休みになる。言い訳は後から考えるとして、とりあえずスペインヘレス行きのチケットを取った。シェリー酒と生ハムの夏休みである。

しばらくすると会社のプロジェクトが少々延期になった。延期が分かった時には周囲から哀れまれるくらい別件で忙しかったので、同情されているうちにドサクサに紛れて3.5日間の夏休みを宣言した。そういうのは人間としてどうかと思うが、実際、そんな程度のオッサンである。いずれにしても合計6.5日になった。旅行先の1.5日の価値は数値化できなかったが、航空券のキャンセル料以上の価値があると思い、航空券を取り直した。僕の人生には無駄が多い。

日程変更と同時に行き先をメキシコに変更した。6.5日あれば、テキーラの産地であるテキーラ村に行ける。来年は会社的に長い休みが取れるか不透明な雲行きである。確実に休めるうちに、行きたい所へ行っておくべきだろう。

5月のキューバからの帰り、半日ほどメキシコシティに滞在したので、今年2回目のメキシコである。メキシコは僕の第二の故郷らしい。メキシコシティのソカロ広場でメキシコ国旗を見上げていると、妙にメキシコに馴染んだ気分になった。年に2回もメキシコに行けば、自称メキシコ系日本人としてのアイデンティティを感じる事が出来るだろうか。

9月のある日、メキシコに向かって旅立った。午前中は真面目に仕事をこなし、成田に直行。そして17時発のANAメキシコシティー行きに乗った。そんなに需要がある路線ではないようで、比較的すいていた。たしかに遠くて地味な目的地である。乗っている分には快適だが、路線は維持できるのだろうか。自称メキシコ系日本人としては不安が残る。

メキシコシティで入国して国内線に乗り継ぎ、20時くらいにグアダラハラという街に着いた。メキシコシティに次ぐ、メキシコ第二の都市である。家を出てから27時間くらい経っているのではないだろうか。ヘロヘロだ。

メキシコで気になる事と言えば治安の悪さしかなく、ホテルは安全そうな所を選んでいるつもりだが、それでも怖いものは怖い。空港からタクシーでホテルに向かったが、車窓を見ていると、デパートの入口にいる警備員がショットガンを持っている。この国が本当に第二の故郷なのだろうか。先程のガラガラの飛行機と言い、生まれつつあった自称メキシコ系日本人としてのアイデンティティに若干の疑問が生じた。まだ着いたばかりなのに。

ヘロヘロで到着したせいか、ANA機内でウイスキーを飲み過ぎたせいか、20時過ぎなのに食欲がない。着いたばかりの街では方向感覚もない。メキシコでは水道水の飲用は厳禁であり、部屋に置いてある無料の水ボトルだけでは足りなそうなので、とりあえずコンビニを探しに街へ出た。

ちょっと歩くと、そこそこ流行っていそうな料理屋があり、テイクアウトでタコスを買った。それからコンビニでビールと水を買おうとしたが、営業中にも関わらず、ドアに鍵がかかっている。防犯上の理由なのだろう。ショットガンがなければ、閉じこもるしかないのか。ドアに付いている小さい窓から注文するみたいだが、第二の故郷なのに口頭で水とビールを頼む程度の語学力すらない。不毛なやり取りの後、店の人が諦めて店内に入れてくれた。

自称メキシコ系日本人としてのアイデンティティへの疑問が深まりつつ、部屋に戻ってタコスを食べ、ビールを飲んだ。気付いたら寝てしまっていた。

翌朝、起きると胃もたれが酷い。トウモロコシが体質的に苦手なのか、どうもトルティーヤの消化が悪いようだ。しかも未消化のトルティーヤが胃の中の水分を吸収してブクブク膨らんでいるのだろうか、満腹感も消えていない。どうにもゲンナリである。

メキシコに馴染んでいると思っていたが、実際のところ、大した語学力はなく、トルティーヤも苦手である。じつはメキシコに馴染んでいないのではないだろうか。もしかするとメキシコは第二の故郷ではないのかもしれない。

自称メキシコ系日本人としてのアイデンティティを確立しようと思ってメキシコに来たのに、むしろアイデンティティを失いかけている。危機的な状況を何とかしなくては。旅行中、メキシコのプラスの側面を見たい。

そう思いながらテキーラ村に移動し、テキーラ蒸留所を訪ねていると、帰国日が独立記念日だと教えてもらった。なんという偶然だろう。やっぱりメキシコと僕とは切っても切れない関係なのかもしれない。

独立記念日の前夜は村でイベントがあるらしい。夕方前から村の聖堂前の広場は盛り上がっていた。大道芸、移動式遊園地、そしてコンサート。どういうプログラムか分からないのが残念だが、感覚的には田舎の派手目な夏祭りだろうか。

夕食後に聖堂の前を通りかかると、なにやら広場中央で準備している。しばらく見ていると、花火だった。枠で作った塔に花火が取り付けられており、グルグル回る。音も鳴る。打ち上げ花火のような雄大さはないが、なんとも楽しい花火である。ビバ・メヒコ。

かなりの偶然の積み重ねで、田舎町とはいえ、独立記念日の花火を間近で見ることができた。こんなイベントに遭遇したおかげで、メキシコとの一体感を強く感じた。メキシコシティでは馴染んだ程度だったので、そこから大きな進展ではないだろうか。

メキシコ独立記念日の前夜、僕は自称メキシコ系日本人としてのアイデンティティを確立した。やっぱりメキシコは第二の故郷である。