ベネチアには何度か行ったことがあるが、路地の段差と部屋の狭さは解決不可能な課題である。ホテルまでの道のりは分かりづらくできており、重いスーツケースを抱えて路地の橋を渡るだけで疲れ果ててしまうし、たどり着いたホテルの部屋は大抵せまい。
そんなこんなで2度目には完全にイヤになってしまい、それ以降はメストレに泊まっている。ベネチア・サンタルチアから国鉄で一駅、約10分。本土側の駅である。ほぼ全ての電車が止まるし、深夜バスも走っている。駅前自体はイタリアの寂れた中小都市そのものであり、風情も何もない。しかし、室料は手頃で、部屋は3倍くらい広い。風情は隣の駅まで行けば味わうことができ、快適さと経済性だけで十分である。
ベネチアといえばゴンドラである。最初に行った時はリラの時代であり、ゴンドラに乗ったものの、多少ボラれているのか、派手にボラれているのか全く分からないスリリングさだった。最近は、それなりに定価のようなものも存在しており、しかもユーロなので感覚的に分かりやすい。しかし、二度とスリリングさを味わおうとは思わず、ゴンドラは見るだけのものと化している。
その昔、旅行前にガイドブックを真面目に読んでいた頃、立ち席ゴンドラというのを知った。渡河のための公共交通機関的なゴンドラで、大運河沿いの水上バスの乗り場がないようなところに、いくつかある。らしい。
そんな話はすっかり忘れたまま年は過ぎ、オッサンは道に迷った。やや絶望しつつも歩いていると、道の先に人が佇んでいた。
そこには小さな桟橋のようなものがあり、イタリア語で何やらと看板が立っている。そして立ち席ゴンドラの話を思い出した (後にTwitterで教えてもらったところによると、トラゲットというらしい)。
ちょっと待っていると、対岸からゴンドラがやってきた。座っている客もいるが、たしかに立ち席である。どこに行くかは分からないものの、すでに道に迷っており、そうであるならば乗るべきだろう。
なんとなく列に並び、前のオッサンを参考にしつつ2ユーロわたし、ゴンドラの上に立つ。横幅の狭いゴンドラなので、縦列に前を向いて並ぶことになるが、そうすると前のオッサンの背中しか見えない。景色を楽しむべく、あえて横向きに立ってみるが、どうにも安定しない。安定しないとゴンドラから落ちる危険があり、ゴンドラが揺れて他の客まで巻き添えにしてしまう。
大運河を1分ほどで横切った。運河とはいえ、交通も多く、よく揺れる。つり革も手すりもなく、揺られるがまま耐える。無事に渡りきると、ちょっとベネチアンなオッサンになった気がした。