前途多難 / トルコ | 停滞からの出発

Sunrise over Sultan Ahmet Camii

Sultan Ahmet Camii at Dusk

Sultan Ahmet Camii (Blue Mosque)

Sultan Ahmet Camii (Blue Mosque)

当初、トルコには5月のゴールデンウィークに行く予定だったが、柄にもなく世界情勢を考慮した結果、9月のシルバーウィークまで延期することにした。結果的に情勢には大差がなく、航空券の変更手数料とキャンセル料を払いまくるだけで終わった。コスト管理をして給料をもらっている身としては、前途多難な旅と言わざるを得ない。

ゴールデンウィークには妻とウズベキスタンへ行ったので、シルバーウィークのトルコは一人旅になった。既に無駄な出費を重ねていたため、改めてコスト面から計画を見直したところ、奇岩群と気球で有名なカッパドキアが気になった。有名観光地だけあってホテルやツアーが高額で、再考すべき場所である。かてて加えて、オッサンが一人で早朝に気球に乗ったところで、なんとなく虚しいだけに終わりそうだ。コスト的に見合わないであろうカッパドキア訪問を止めて、地方の街を巡ってみようと思った。

僕は15年ほど前にトルコへ行っており、その時の写真をAIで解析したところ、気に入った写真はブルサという街のモスクが多かった。その他、トルコの旅行先を調べていて気になったのが、エディルネというギリシャ国境に近い街である。どちらもイスタンブールから日帰りで行ける街だが、せっかくなので時間を取りたい。そもそもイスタンブールもホテル料金が高いので、中小都市で泊まるのは、コスト面からも悪くないアイデアである。

前回のイスタンブール滞在では、ブルーモスクが良く見えるホテルに泊まった。当時は穴場のようなホテルだったが、改装されて高級化しており、一人で泊まるには高額になっていた。もっとも妻と行ったとしても泊まるつもりのホテルだったので、総体の出費は変わらない筈である。と思う。美しい日の出の景色を狙って、当初の予定通り、そのホテルに3泊する事にした。

僕は鉄道の旅が好きだが、残念ながらトルコの鉄道事情はイマイチだ。中距離移動はバスが基本になる。ネットで探したところ、エディルネからブルサへ直行するバスと、ブルサからイスタンブール空港へ直行するバスを見つけた。これらを組み合わせて、イスタンブール、エディルネ、ブルサの順番で回る事にした。

しかしバスの予約を入れる頃になって、ようやく想定外の事実に気付いた。エディルネもブルサもイスタンブール近郊だと高を括っていたが、エディルネ・ブルサ間のバス乗車だけで5時間以上もかかるのである。オトガルというバスターミナルへの移動も含めると、おそらく7時間くらいの行程になってしまう。この長時間移動に加え、金曜日にはモスク見学が制限される事も考えると、計画が破綻しそうだ。さらにエディルネにある、トルコ随一とも言われるセリミエ・ジャーミーが修復工事中らしい。今回の旅は、計画としても前途多難である。

しばらく考えたのち、エディルネ訪問は挫折する事にした。代案として、イスラム神秘主義 (スーフィズム) で知られるメヴレヴィー教団があるコンヤに行くことを考えた。イスタンブール・コンヤ間は国内線の航空便利用なので、復路はイスタンブール空港で、東京までの国際線フライトに乗り継ぎすれば良いだろう。

ただし僕がモスクを見に行くのが好きと言っても、それは宗教建築物としての興味がメインなのだ。イスラム教そのものに造詣が深いわけではない。そこまで考えた結果、時間的な制約を重視することにして、コンヤに行く事も止めた。結局、イスタンブールとブルサで各1泊ずつ延長して合計2都市の訪問にする事とした。

問題はイスタンブールのホテルである。どんなに美しい景色でも、高額なホテルに1泊を追加して4泊もする必要はないと思う。しかしメキシコのグアナファト旅行でも実証されている通り、僕の旅行のモノサシは写真撮影の機会である。カッパドキアに行くのを止めて経費節減したことを都合よく思い出したので、さらなる経費削減の為にイスタンブール市内でホテルを移動することが、別の時間的な制約を生じさせると結論づけた。いろいろ考えるものの、論理が負けがちなのが僕である。

ほぼ完璧な旅行予定を立てたとは言え、それだけでは済まなかった。出発の数日前に粗大ゴミを出した時、台車ごと転んでしまったのだ。ほぼ一回転して着地したが、僕は忍者ではないので右半身を強打した挙句、手と膝から出血してしまった。出血治療で半日会社を休み、その後の腰痛で更に半日会社を休んだ。前途多難すぎる。

中年になってからの転倒は、理由に関わらず精神的に堪える。こうなるとマイナス思考にしかならず、不安要素ばかりが頭をよぎった。なにせトルコは数日間の滞在中にクレジットカード2枚をスキミングされた国であり、定価のない国での自分自身の価格交渉力のなさにも思いが至る。せっかくの夏休みにも関わらず、出発の前々日になっても、全くハッピーではない。

これは夏休みのあるべき姿とは言えないだろう。癒しを求めるしかない。

利き手である右手の指の傷の治りが悪く、重い荷物を持つと痛いので、イスタンブール空港からホテルまではタクシーを利用する事にした。近年ではトルコでもUberも使えるようだが、Uberの有無に関わらず、トルコのタクシーは15年経ってもトルコのタクシーらしい。特に空港からだと色々トラブルがある模様だった。そもそも精神力がないところからスタートしているので、タクシーは諦めて空港ピックアップを依頼した。そして東京からイスタンブールまでの飛行時間が11時間以上なので、長時間対応のワイヤレスイヤホンを購入した。僕は基本的に航空機内のエンジン音が気にならないが、ここは何かしらの癒しを追加したい。

これだけでは物足りないので、更に手を打つ事にした。出発前日に午後から会社を休み、さらなる癒しを求めて整体院に行った。転倒時の防御反応で筋肉硬直を起こし、かつ足首を捻挫しているとの事。長時間の歩行には耐えられないらしいので、普段よりも時間をかけて調整してもらい、足首のテーピングもしてもらった。そこから老舗居酒屋、焼鳥屋、バーと3軒まわって、やっとハッピーになった。

ハッピーになったとは言え、それだけでも済まなかった。なにせ前途多難なのだ。さすがに寝坊することなく飛行機に乗ったものの、なぜか飛行機の座席の電源から充電ができなかった。僕のiPhoneバッテリー容量は80%しかなく、その状態で75%の残量だったので、実質的には60%しか使えない。このまま10時間以上も音楽を聴き続けると、到着後のiPhone使用に不安が残る。諦めて充電ケーブルとワイヤレスイヤホンをカバンに戻そうとしたところ、ワイヤレスイヤホンをケースごと落とし、片側は見付けたものの、もう一方は誰かの座席下に消えてしまった。もはや捜索は困難である。そこで冷静に状況を考えたところ、三脚を忘れた事にも気付いた。

前途多難な旅になるのを確信しつつ、イスタンブール空港に降り立った。

トルコに入国してからも、まだ先行きは怪しかった。空港ピックアップサービスのカウンターに行ったものの、ドライバーが来ていないらしい。空港を出発するまでに1時間くらい浪費し、しかも夕方の渋滞にハマってしまった。ホテルに着いてからブルーモスクへ行くには遅すぎた。

しょうがないので時間的に間に合うアヤソフィアに駆け込む事にした。以前のアヤソフィアは博物館の扱いで比較的自由に入ることができたが、いまや現役のモスクになっており、観光客が入れるのは2階部分だけである。しかも入場料が高い。そのせいかチケット売り場のおねいさんが明日にすればと勧めてくる。それでもチケットを買って入場したが、内部では大規模な修復工事をやっていた。そもそも2階からだと見晴らしが悪い上に、ドーム内に補強用の鉄柱を立ててある。ここまで来ると写真どころではない。やはり前途多難な旅である。

早々にアヤソフィアを切り上げ、暗澹たる気持ちホテルに戻ったところ、部屋が想定外に豪勢だった。そういえばチェックイン時に無料アップグレードしたと言われていたが、時間のタイトさ故に荷物を置いただけで部屋を出てしまっていたのだ。もしかするとアヤソフィア訪問までが下り坂で、ここからは良い方に向かっているのかもしれない。

翌日、早朝に起きると微妙に雲がある撮影にはベストな状態で、しかも想定外だったが部屋の窓が完全に開いた。落下防止のガラス柵があり、それを支えにして三脚なしでも夜明け前から日の出まで撮影を楽しめた。

前途多難だと思うのは、前途があるからだろう。人生とは山あり谷ありである。いつか前途が上向くと思えば、そうそう前途多難も悪い事ではないのかもしれない。

日本の夏 / 四国西部 | 道後温泉のデトックス効果

Shimanto River from JR Yodo Line

Submersible Bridge “Chinkabashi”

Pacific Ocean at JR Awa Station

Sea Bream Rice “Tai-meshi” at Hozumitei

日本の夏は暑くて長い。子供の頃には最高気温が30度を超えるとニュースになっていたが、いまや体温を越えないと報道されなくなってしまった。

そんな暑さにも関わらず、僕の夏休みは避暑が目的ではない。もちろん夏を満喫しにビーチへ行くつもりもない。主眼は夏休みの混雑を避ける事にあり、僕自身の夏休みは9月に取る事にしている。そこで7月と8月の酷暑に耐えてから、9月にトルコへ行く計画を立てていたものの、暑気の影響で7月末には人生に嫌気がさしてきた。

そういう時に付け入れられやすいのが、人間の心理である。その頃、たまたま国内の良い旅行先を聞かれたので、四国西部をお勧めした。松山から宇和島を経由して高知に抜けるルートである。そして同時期に別の人から、暑い中を9月まで旅行なしで耐えられるのか確認された。

そう、僕は我慢が効かないオッサンである。そして一度スイッチが入ると止められない。ちょうど他人に説明したばかりの良い旅行計画があり、そのスイッチを入れられてしまったのであれば、行動に移すべきではないだろうか。

さすがに8月の最ピーク週は外すとして、その翌週で航空券を探したところ、土曜日ANA始発の羽田〜松山と日曜日JAL最終の高知〜羽田という、週末旅行には理想的なスケジュールで特典航空券が奇跡的に予約できた。四国の神様が来いと言っているのだろう。

運を天に任すというが、天気こそ天に任すしかない。特に短期旅行の場合、抗う余地は極めて少ない。今回は四国の神様が来いと言っているので、両日とも快晴との予報である。2日間を丸々楽しめそうだ。

松山の道後温泉には行ったことがあるが、本館は避けていた。混むに決まっているし、入場の行列に並ぶのも嫌だ。ところがシステムが変わったらしく、電話番号の登録で呼び出してくれるらしい。待っている間は、ミカンジュースを飲もうが、タルトを食べようが自由だ。それなら僕にも耐えられるだろう。

松山空港に着き、空港から道後へ直行するバスに乗った。そのまま本館に向かったところ、意外にも空いているとのことだった。ミカンジュースもタルトも後回しにして、まずは温泉に入る事にした。

前日に酒を飲みすぎ、しかも紫色のシャツを着ていたせいで、温泉から上がると、シャツに発汗の跡が異様に目立っていた。思わずタオルを買ったが、気温が高いこともあって、ほとんど意味がない。むしろ、これだけ発汗すればデトックス効果があるだろう。

松山から宇和島の間には、内子、伊予大洲、卯之町など古い街が多く残っている。一通り見に行っているのだが、なかでも印象的だった内子を再訪する事にした。酷暑のせいか、内子はガラガラだった。汗はひかず、デトックスが継続されていた。

そして夕方には宇和島に着いた。宇和島港の日没を見てから、今回の旅の目玉である「ほづみ亭」に行った。有名な鯛めしはもちろん、地元の伝統料理も食べられる店である。なんやかんやで酔っぱらっていた。デトックスは、これにて一時中断である。

翌日はトロッコ列車と観光特急列車に乗って高知駅へ向かった。快晴の四万十川と太平洋が美しい。高知は鯨飲で有名な県である。郷に入っては郷に従うタイプなので、観光特急の昼食タイム開始と同時に飲酒を再開した。高知駅に到着後は少々早めに高知空港へ向かい、空港内の土佐料理店で更に飲酒。高知から東京までの飛行時間は、体感で僅か3分だった。

愛媛県で受けたデトックス効果を、翌日の高知県で完全に失った。美しい街や風景と共に、四国西部には何でもあるのだろう。

旅のしおり:愛媛・高知

記載の時刻は訪問時のダイヤです。

1日目

羽田 0715 (ANA583) > 松山 0840
松山空港 0900 (伊予鉄バス) > 道後温泉 0940

・道後温泉・本館

道後温泉 1144 (市電) > JR松山駅前 1208
松山 1230 (宇和海13) > 内子 1257

・内子

内子 1558 (宇和海19) > 宇和島 1703

宿泊:JRホテルクレメント宇和島

・ほづみ亭

2日目

宇和島 0934 (予土線・しまんトロッコ2) > 窪川 1211
窪川 1310 (夜明けものがたり) > 高知 1609
高知駅 1630 (バス) > 高知空港 1700
高知 1855 (JAL498) > 羽田 2025

2日目Tips
・「しまんトコッロ」はe5489で予約できるが、予約区間を実際のトロッコ乗車区間 (半家〜土佐大正など) にする必要がある。宇和島〜窪川だと出てこないのでトリッキー。
・はりまや橋の「葉牡丹」に行きたかったが、実質1時間しかなく挫折。空港内には市内で有名な「土佐料理 司」がある。

人生の修行 / 秋田 | EF64-1000電気機関車見学会

JNR Series EF64-1000

JNR Series EF64-1000

Cab of JNR Series EF64-1000

Good Olden Days

インターネット広告の分析力は的確なので、JR東日本・秋田総合車両センターでの機関車撮影会に参加した後、JR東日本が主催する別のイベント広告が表示された。同じJR工場で、EF64-1000番台という国鉄型機関車の見学会があるとの事である。その見学会では通電状態の機関車2両が展示され、運転席も見せてくれるらしい。JR東日本は国鉄型電気機関車の解体を進めており、実車を見られる最後の機会かもしれない。僕は国鉄型機関車が好きだが、工場見学も好きなのだ。前回の秋田総合車両センター訪問で、雰囲気のある撮影が可能なのも分かっていた。

前回ちょっと悩んだ結果として、鉄道イベントに参加するからといって、必ずしも鉄道に乗って現地へ向かわなければならないわけではないことに気付いた。今回も特典航空券を使えば交通費を軽減できるので、いくぶん気が楽だ。

しかし気が楽とはいえ、僕は年に何回、秋田県に行くのだろう。僕が物好きすぎるのは周囲にバレているが、2026年上半期だけで4回目になってしまう。いくらなんでも、やりすぎだろう。今回こそは家族にも言わないでおこうと心に決めた。

ところで僕は高校時代に歴史小説が好きで、特に池波正太郎と藤沢周平を読んでいた。池波正太郎の作品には江戸の町人地が良く出てきて、東京東部の下町で育った僕には分かりやすかった。一方で山形県庄内あたりが舞台になるらしい藤沢周平の作品は、なんとなく取りつきにくい印象を持っていた。

しかし最近になって酒田や象潟などを訪問した影響で、改めて藤沢周平の作品を読み始めた。舞台のイメージが付いたせいか、それとも僕が年を取ったせいか、いまや極めて面白くなった。出版社勤務の友人いわく、池波正太郎はミステリーだが、藤沢周平は経済小説だそうである。それを信じるとすれば、真の理由は後者なのだろう。

そんな話を、元滝に行った話とあわせて、象潟出身のバーテンダーとしていた。そのバーではウィスキーを4杯ほど飲むのだが、もう20年くらい同じ生活をしているので適度な酔いを楽しめる。

普段は他の客もいるので、公共の場として相応の緊張感を持っているが、その夜はガラガラの夜だった。20年とは緊張感を失うには十分な長さである。象潟で撮った写真を渡しつつ、また秋田に行くと喋ってしまっていた。

酒を飲むと口が軽くなるのは人間の性だが、それは弱さでもある。年は取るだけではダメなのだ。人生には相応の修行が必要なのだろう。

旅の記録:秋田

記載の時刻は訪問時のダイヤです。

羽田 0700 (JAL161) > 秋田 0805
秋田空港 (乗合タクシー) > 秋田総合車両センター

・秋田総合車両センター

土崎 (JR奥羽本線) > 秋田
秋田駅前 (空港バス) > 秋田空港
秋田 1550 (ANA408) > 東京羽田 1705